2253人が本棚に入れています
本棚に追加
/146ページ
出産の準備を一通り済ませたある夜に、縁起でもないことを言うようだけど、と優香さんに切り出した。
「お腹の子の父親の名前を教えてもらえないか。優香さんに万が一何かあった時に困るから」
すると優香さんはしばらく黙って考えている様子だったが、わかったと言って教えてくれた。
「丸山亮悟よ。登坂君も名前ぐらいは知ってるでしょう?」
なるほど。
まさかのマルヤマの御曹司だったか。
マルヤマといえば、アパレル業界のカジュアルファッション部門を牽引する最大手の会社だ。
もともと我が社と創業時期が重なっていて、昔はうちとマルヤマが「次世代のアパレル業界を担う双璧」とまで言われて社長同士が仲良くしていた時代があったようだが、現在では大きく水をあけられている。
流行に敏感で、メインブランドとは別にファストファッションに特化した「M&Y」というブランドをいち早く立ち上げ、モバイルショッピングの体制もすぐに整えて、このアパレル不況のご時世でも業績を伸ばしている。
変化を良しとせず、モバイル方面への販路の拡大に消極的な我が社とは大違いだ。
マルヤマがM&Yを立ち上げた時に、二階堂社長は完全にマルヤマと決別したとも聞いている。
親同士の仲が悪い上に丸山亮悟には婚約者がいるという八方塞がりの状況だったわけか。
「わかった。もちろん他人に言いふらしたりはしないから安心して」
そう言いながら、俺はある決意を固めていた。
最初のコメントを投稿しよう!