2278人が本棚に入れています
本棚に追加
二階堂社長は我々の説得になかなか応じようとはしない。
まあそれは覚悟していたことだから気長に頑張るしかないと思っていた。
それに社長は、そんな俺を手元に置いて「私を説得してみろ」と面白そうに笑う一方で、プライベートではごく普通の娘と孫を心配する父親でもあった。
巻き込んで申し訳なかったと言って、慰謝料代わりに気前よく俺にマンションを譲渡してくれたし、説得に応じなければ健太に会わせないという強硬手段をとる優香さんの代わりに、俺に健太の様子を尋ねては「抱っこしたいなあ」としみじみ呟くような一面もあったのだ。
ただの偽装結婚だけではなく、会社の経営にかかわるこういった事情があったために、詳しいことを彩にも話せなかった。
もちろんこの件に関しては横井にも話していない。
頻繁に優香さんと連絡をとっていたこともあり、もしもスマホの履歴や実際に会っている場面を彩に限らず同僚に見られた時に「元奥さん」「子供に面会していた」という設定のほうが誤魔化しがきくだろうという思惑もあったのだが…。
彩に、今日どこで誰に会っていたのかと詰問された時、咄嗟にその嘘が出てこなかった。
彩の今にも泣き出しそうな顔を見て一気に罪悪感が増したためだ。
一方的に話を打ち切ってテーブルから離れ、頭を冷やすと、あることに気が付いた。
そうか、彩は俺が今日優香さんと健太に会っていたことを知っているからあんなに突っかかって来たのか。
それなのに俺ときたら、また横井に嫉妬して、なんて馬鹿なんだろうか。
もう彩に秘密を話してもいい頃合いかもしれない。
頭の中であれこれ言い訳をしているが、本当は怖かったんだ。
自社ブランドをこよなく愛している彩が買収の計画を聞いたらどう思うだろうって。
しかもマルヤマと結託するような形でそれを仕掛けているのが俺自身であることを、彼女がどう思うだろうかと、それが怖くてずっと逃げていた。
でももう、そうも言っていられない。
このままでは彩の気持ちが離れて行ってしまいかねない。
だから、まず夕食での態度を謝って、その後きちんと説明しようと決心した。
最初のコメントを投稿しよう!