2281人が本棚に入れています
本棚に追加
二階堂社長が突然、自身の持つ自社株をマルヤマに譲渡し、マルヤマは株式公開買い付けを行ってメルトの子会社化を目指すと発表した。
翌週に開催される株主総会にはマルヤマの役員も同席して、株主に対し買い付け価格や買い付け数の説明が行われるという。
社員たちはそのニュースに驚きつつも、ブランドと社員を守るための英断だと歓迎する声が大半だった。
和樹さんによると、この話が急に進展したのは、外資系ファンド会社がメルトを狙っているという情報が丸山亮悟からもたらされたためだとか。
ファンドが役員の誰かに接近して結託し、今年の株主総会の日に合わせて敵対的TOBを発表するというセンセーショナルなことを仕掛けてくる可能性が高いという情報だったらしい。
和樹さんが思い当たる役員の秘書に、それとなく揺さぶりをかけたところ、簡単に白状したらしい。
そう、その秘書とは、かつてわたしがトレーナーとして指導したことのある吉岡梨乃だ。
自分が叔父を追い詰めることになっているとも気づかない様子で自慢げに、専務がある特定の会社から頻繁に高級料亭で接待を受けており、彼女もよく同席するのだと語ったらしい。
専務は、TOBが上手くいけば社長に据えてやるとでも言われていたのかもしれない。
そして和樹さんはあの日、優香さんと健太君と会う約束をして、二階堂社長に見せて説得するための写真や動画を撮影していたのだ。
直接会わずに画像データを送ってもらうこともできたが、実際に会ってみた方が臨場感のある様子を伝えることができると思ってそうしたらしい。
この作戦は成功した。
最後は孫の健太君の可愛らしさに屈し、孫と自由にいつでも会えることと、優香さんか亮悟さんのどちらかを新社長に据えることを条件に株の譲渡に同意したようだ。
「孫に負けた、っていうのが一番いい落としどころだっただけで、本当はとっくに腹をくくっていたんだと思うけどね」
前日に、和樹さんがホッとした様子で教えてくれた。
問題はTOBが成立するか否かだが、通常よりも高い買取価格を設定するため問題ないだろうとのことだった。
同じTOBでも、双方合意した上での今回のTOBと、一方的な敵対的TOBでは社員たちの心情が全く異なる。
敵対的TOBは強引な乗っ取りだ。
しかもそれに専務が加担し、自分が社長の座におさまるとなれば反発は相当なものだっただろう。
そうならなくて本当によかった。
最初のコメントを投稿しよう!