登坂Side

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登坂Side

 どうにも格好がつかないプロポーズを彩は笑顔で了承してくれた。    その週末に指輪を買いに行き、彩の実家の小料理屋がお盆休みになったら互いの実家に挨拶に行くことも決めた。  式場選びはこれからだが、なるべく早い時期に挙式したいと思っている。  仕事のほうはといえば、旧経営陣は全員退任し(専務の姪の吉岡梨乃もセットで辞めてもらった)、体制が刷新された。  新社長には丸山亮悟が就任し、その秘書の二階堂優香との結婚も発表された。    その社内向けの就任挨拶の中で亮悟さんが「妻である優香と私たちの子供を守るために、その身を犠牲にして盾となってくれた登坂和樹君に感謝するとともに」とサラっと言及したために、お願いしていたわけでもなかったのに俺の汚名まで晴らしてくれた。 「まさか、登坂がお嬢様を守るナイトだったとはな。何でそんな面白そうな話、俺には内緒にしていたんだよ。水臭いヤツだな」  爽やかに笑いながらそう言う速水さんは、子供服部門を担当する営業二課の課長に昇進した。  これまでの年功序列は撤廃され、なんと俺も婦人服部門を担当する営業一課の課長になってしまった。  いきなり荷が重いと一旦は断ったのだが、速水さんが俺を推したらしい。  彩も凄いと言って喜んでくれているし、すぐ傍で仕事ができるならそれもいいかと思い直して引き受けてみることにしたのだ。  営業部長はマルヤマからやって来た人物が担当しているが、状況が落ち着いたらプロパーに替えると亮悟社長から言われている。 「次の営業部長は速水さんが適任だって社長に推薦しておきましたから」 「待て、困る。俺は今、育児が忙しいから当分このポジションがいい。俺から登坂の方が適任だって言っておく」  いやいや、待ってくれ! 「それはダメです。俺、彩ちゃんと結婚したらすぐにでも子供欲しいし、俺も育児最優先になるかもしれないんで!」 「じゃあさ」  速水さんが悪そうな顔でにやりと笑った。 「あいつに押し付けるとするか」 「いいですね」  俺たちの悪だくみを知ってか知らずか、視線に気づいた横井が振り返って「何?」と首を傾げながらこちらを見ていた。
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