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荒れた国道をバイクで飛ばしながら釘尾青年は、あらゆる思い込みを吹き飛ばそうとした。
釘尾は徹頭徹尾、人に頼らない生活を志向していたが、その計画はすぐに頓挫しそうになる。
やはり人間は腹が減る生き物である。そして近代人の食欲は、人工物である看板とか湯気とか煙によって惹起されるのである。
釘尾はまだ逞しい野生人ではない。あくまで近代社会のなかで「吐き気」を覚え、そこから逃避しようとしている弱々しい毛無し猿でしなかった。
「チクショウ、てやんでい。どうして腹が減りやがる」
"ラーメン30円"とう看板に書かれた文字が、釘尾の空腹感をさらに刺激する。
「チクショウ、てやんでい。正油ラーメン一杯くれえ」
「あいよー」
ガラガラと店の引戸を開けるやいなや釘尾は勢いよく注文した。と同時に釘尾は真っ青になった。
「釘尾、お前どうした?野生に帰るんじゃなかったのか?それがどうした?今のお前は人間のことばをしゃべり、ラーメンを一杯注文したじゃないか!今のお前はまだ立派な人間じゃないか!」
頭を抱える釘尾の元に熱々のラーメンが運ばれた。
釘尾は無意識にどんぶりを凍えた両の手で触れていた。
「はあ、あったけえ、あったけえラーメンじゃ!」
ズル、ズル、ズルズルズルー。
釘尾は一気にラーメンを平らげた。店内に充満した"ラーメン屋の気配"が釘尾のなかの獣を黙らせる。
お腹が満たされた釘尾の視界はぱあっと広がった。
「それにしてもここはどこだ?ずいぶん貧しい町のようだが」
そこは寂れた町。戦後の復興から取り残された町。都会は都会で今でこそ不景気にあえいでいるが、この町は戦中からずっと不遇の町であった。
「ずいぶん殺風景な町だぜ。ここもある意味人間らしさを捨てた場所だったりしてな。ハハ」
たたずむ釘尾の耳に悲鳴が飛び込んできた。
釘尾はまたもや無意識に駆り立てられてバイクを飛ばした。
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