ホワット・イズ・ヒューマン?

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「チクショウ、せっかく勉強したのに就職難だなんてヨォ」 戦争が終わり、世界はいっとき平和の夢を見た。しかし敗戦国であるこの国は甘い夢に浸ることはできない。 街は荒んだ風が吹き、そこかしこで政治集会や、痴話喧嘩、闇市などが見られる。 釘尾青年は露店に並べられている果物をひとつ自分の懐に入れた。盗みである。 食う金がなく腹が減っていたとは言えこれは罪である。釘尾青年は罪悪感から冷や汗をかいたが、幸か不幸か彼の罪は気づかれることはなかった。 「棚からぼた餅ってやつか、それとも神か?いや違うな。神が俺のことを見たら生かしちゃおかないに決まっている」 空き地でくすねた果物にかじりついていると、やけに陰気な"パレード"が目の前を通りすぎる。 逃亡していた戦争犯罪人の1人が捕えられ、見せしめに群衆の目にさらされながら連行されていくところだった。 警察や兵隊についていく群衆もあった。 「ばかやろう。戦争で死んだお父ちゃんを返せ」と戦争犯罪人を非難する声もあれば、「戦争犯罪人だけを裁いて終わりではありません。戦争の罪はすべての国民のものです」と呼び掛ける声もあった。 釘尾青年の右耳にはさらに「あの戦争犯罪人は虐殺事件の主導者だ。人間じゃねえ」という声が入り、左耳には「ああいうのも人間の一面なんだ。戦争になったら誰だって、どう変わるかわかったもんでねえ。おっかねえだ。」と聞こえた。 釘尾青年は、急に愕然とした。一体人間とはなんなのか?右ならえで戦場に死ににいったかと思えば、自分たちがしたことの反動で更なる苦しみのなか、なにも見いだせずにさ迷っている。釘尾には今の人たちがそんなふうに見えた。 彼も少し前は理想主義を信じる真っ白な少年だった。しかし蓋を開ければ、この国は戦争の過ちの罪と罰を背負わされ、ようやく復興に歩みだしたと思ったら経済的にも文化的にも停滞の影が忍び込みはじめた。 そのしわ寄せに大学で科学を学んだ釘尾青年も職を見つけられずにいた。 最も釘尾青年が職につけないでいるのは、時代のせいというより本人の問題のほうが大きいのだが。 「そうか。分かったぜ。戦争も平和も人為的な概念にすぎない。みんな自分たちが決めた人間らしさの中で右往左往してやがるだけさ。戦争になれば敵を殺したやつが良い人間。平和になれば敵を殺さないやつが良い人間。おれはそんな茶番から抜けて人間のいない世界で生きるぜ」 釘尾青年は悩みの果てに誇大妄想的な思考にたどり着いた。倫理観をなくした釘尾はそこら辺にあったバイクを盗み、海に向かって走り出したのだった。
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