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僕 -椎名 紘- は登校するために歩道を歩いていた。
5月を迎えて、皆それなりには高校生活に慣れてきた頃だろうか。
いつも歩く住宅街の風景も見慣れてくるような気がしていた。
「おはよう!」と後ろから声を掛けられる。
クラスメイトの和也だった。
「おはよう」
僕はお決まりのように返事を返す。
彼は僕の隣に並んで歩いてくれる。
欠伸を噛み殺しながら、彼は言った。
「それにしてもさあ、朝もチャットしたのにさ。
こうやって、あいさつするなんて変な感じがするなあ」
なるほど。
ちょっと理解するような自分がいた。
「そうかなあ。
なんか、声が聞けて良いんじゃないかな」
僕は適当に返答してみた。
毎日学校で顔を合わせるのだから、声を掛け合わなくてもメッセージのひとつでも事足りる気がする。
下駄箱で靴を履き替えていると、走ってくる足音が聞こえた。
クラスメイトの絵里だ。
彼女は息を切らしながら校舎に入ってくる。
「遅刻しそうだから、走ってきた……。
あ、おはよ」
「おはよう。
まだ大丈夫だよ」
僕たちは何気なく彼女が上履きを履くのを待つことにした。
彼女は、靴を脱ぎながら思い出したように口を開く。
「朝もチャットしたのに、挨拶するのも何だか不思議だねー」
さっきも聞いたような気がする。
まるで、音声データの再生ボタンを押したような感じだった。
僕たちは高校が始まったばかりのオリエンテーションで出会った。
ふたりの軽妙なトークが楽しくて、一気に仲良くなった。
和也は僕より少し背の高い、巻き毛が印象的な感じだ。
ここだけの話、整った顔つきは男性アイドルに居そうな気がする。
まあ、僕には芸能界がよく分からないのだけど。
絵里は髪留めを付けたセミロングの髪型をしている。
背丈は僕と同じくらいだ。
自分から話すことは少ないものの、一旦拾った話題を広げるのが得意なようだ。
「ゴールデンウイークが終わって、次の連休はいつだっけ」
「もう夏休みまでないよ、贅沢言わないの」
僕は今日もふたりのトークに引っ張られている。
明るい雰囲気のまま教室に向けて歩いていった。
・・・
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