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マサはどんどん歩いて行き、立ち止まった場所はナンバグランド花月前だった。
そしてマサはようやく手を離して俺を見つめながら喋った。
「カズ君。僕の親の事黙っててごめん。コネとかじゃない。僕は頼んでない。でも、番組プロデューサーが僕の事を知ったかもしれない」
「……なんやねん。もう意味が分からんわ」
「どっちにしろ、チャンスには違いないと思うから敗者復活戦、頑張ろう?」
頑張るって何を。
──ここで目に見えない焦燥感の塊が像を結んだしまった。
俺はそのまま像の名前を口に出してしまう。
「劣化コピーの漫才をか?」
「違う! カズ君は本物だ!」
「さっきから何やねん、その本物って! 本物のアホって意味かっ!?」
いい年した大人が夜中に花月前で言い争う姿は、道行く人達に奇異な目で見られたがどんどんお互いにヒートアップしていった。
「そんな事言ってないだろっ」
「じゃあ何やねん、言ってみろや! この金持ちのボンボンが! お前みたいに道楽でこっちは漫才してへんねんっ。こっちは存在意義を掛けてやってんねんッ!」
俺はマサの胸ぐらを掴んで怒鳴った。
「そのカズ君は……」
「あぁ!?」
「カズ君はっ、僕の本物だからっ!」
「だから意味がわからん!」
「カズ君は昔から見た目も中身もカッコ良くて、皆の人気者なのに。いつも一人だった僕を笑わせてくれた。それはとても嬉しかった。こっちに来て笑えたのはカズ君の漫才のおかげなんだよっ! だから本物の漫才だっ!」
「な、何やねんそれ」
「僕は親の仕事の都合で色んなところを転校してきていつも友達が出来る前に転校してきたんだ。でも、高校生のとき、カズ君に出会ったのが一番楽しかった! それが忘れられなかった!」
マサは俺が掴んだ手を逆に握ってきて、またあのえげつない声量を出してきた。
俺はそれにたじろぐ。
「カズ君!」
「はいっ」
「ヤスキヨ漫才が好きなのはわかった! けれどそれ以外を認めないっては視野が狭すぎる! 往年の漫才が素晴らしくても、僕達は更に進化した漫才を作り出してこそ芸人だろ! それを皆模索してるんじゃないかっ──それを笑う権利を持っているのはお客さんだけで、僕達は決して見下しては行けない! わかった!?」
「はいっ!」
「僕はそんなカズ君の漫才を誰よりも近くで見たくて、芸人の道を選んだ。後悔なんてない。だから、頼むから『劣化コピー』とか、そんな事を言わないでくれっ! いや……言わんとって! それにな!」
そして難波の街に響き渡る大声でマサは叫んだ。
「カズは僕のスターや。僕の日本イチの漫才師や!!」
「……なんや。ちゃんと関西弁……使えるやんか」
俺は掴んでた手をゆっくり離して、目からあふれてくる汗を必死で隠した。
「カズ君のお陰や。なぁ。敗者復活戦頑張ろうな」
俺はその言葉に何度も何度も頷いた。
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