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「そうだね、あまりに有名な歌だから、耳の肥えた人々を喜ばせるのは難しいかもしれないね。私は、昔の英雄よりは今の英雄、これからそうなるかもしれない若者を見出すことに喜びを感じるよ」
歌えないわけではない。
現実の間の抜けたアートルムを知っていた者ならば、美辞麗句を並べた英雄譚を歌ったり聴いたりすれば悶死するに違いない。
ウィアは露骨にがっかりした表情を浮かべた。
素直で微笑ましい。
「結局上手く歌えないんだろう?もういいや」
興味を失ったように背を向けたウィアを、私は思わず呼び止めた。
ウィアが背負っている湾刀は、小柄な身体に似合わない長さだった。
簡素に見えるが、反りのある刀身は、この国ではあまり見かけない。
魔剣は、魔法鍛冶師が鉄、鋼、銀、金、白金に力を注ぎ込んで創製する。
それぞれ魔鉄、魔鋼、魔銀、魔金、魔白金と呼ばれ、創製できる、または扱える金属がそのまま魔法鍛冶師、魔剣士の地位となる。
その上に神銀、聖金と呼ばれる希少金属もあるが、自然に産出することはない。
魔法によって複数の金属を合わせて創られるものだ。
魔剣であれば、剣士の資質と力によっても様々な性質を帯びる。
それらは秘術とされ、知っているものは数少ない。
ウィアの魔剣の鞘が、陽光を強く弾いた。
限りなく黒に近い渋い色合いだけれども、光の加減では何色にも見える。
この加工はアートルムにしかできないものだった。
「ウィア君。その魔剣の作者を教えてくれるかい?」
「ポポさんだよ。今まで会った人にやたらと何度も聞かれたんだけどさ。あの人、ただの飲んだくれのおっさんだよ?形は珍しいけど何の変哲もない魔剣なんだ。ポポさんの名前は誰にも知られてないみたいだし」
ウィアはこともなげにいい加減な名前を答えた。
何の変哲もないと言うが、大戦前と比べたら魔剣の数は極端に減っている。
興味のある者は多いはずだ。
「もういいだろう?行くよ?」
「ちょっと待ってくれ」
私はもう一度ウィアを呼び止めた。
私が知っている限り、アートルムはどんなに頼み込まれても金を積まれても動くことはなかった。
反対に気に入りさえすれば、旅先で気まぐれにぽんと作品を誰かに押しつけることがあった。
もっとも、魔剣に注ぎこまれた力が濃厚すぎるせいで力酔いを起こして誰も扱えず、幻の魔剣とされてしまうことも少なくなかった。
あの男と気が合って、扱いにくい魔剣を使いこなせる充分な力を持つ者がどれほどいることだろう。
ウィアは相当に希少な存在だと言えた。
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