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しかしそこで天の邪鬼が顔を覗かせ、ついツンツンした態度を取ってしまった。
今にして思うと、これが良くなかったのかもしれない。
『あぁ‥‥‥別にお礼を言われるほどの事じゃ、ありませんよ。
例えこれがあなたじゃなかったとしても、僕は同じようにしたと思うし』
笑顔で告げると、彼はまた少しびっくりした様子だったけれど、すぐに可笑しそうにクスクスと笑いながら言った。
『そっか。でも、ありがとう。
正直かなりキツかったんだ、助かるよ』
***
なんとか無事に初日を終え、これでこの異世界の住人と会う事はもう二度と無いだろうと、この時の僕は思っていた。
だけど、違っていた。
この翌日から西園寺さんは僕のストーカーと化し、毎日のように昼は弁当を買いに、夜は高級車で勝手に迎えに来るようになったのだ。
もちろんお迎えに関しては、同じ車になんて乗ったらこのストーカーに何をされるか分かったもんじゃないため、丁重にお断りしているが。
僕からしてみたらあれは、あんな事を言いながらもただの善意だった。
だけどあの言葉通り、別に彼が西園寺プレシャスグループの御曹司だからとか、顔が良いからといった理由じゃなく、体調の悪そうな人を放っておく事が出来なかった。
ただそれだけだった。
もしも僕が女の子であったならば、これはいわゆるシンデレラ・ストーリーっていうやつになるのかもしれない。
しかし僕は男だし、それに彼に対して恋心を抱いているワケでもなんでもない。
こんなのいくら考えても、恩を仇で返されたような気分にしかならない。
***
そして迎えた、退店時間。
母はパートで帰りがいつも遅くなるため、僕はほぼ毎日、夕飯の準備担当を任されている。
そのため愛車であるママチャリに跨がり、必要な食材を買うためいざスーパーに出陣と思った絶妙なタイミングで、彼は現れた。
「今日もお疲れ様、陸斗くん!
良ければ車で、送らせて貰えないかな?」
頬を薔薇色に染めるその表情は、完全に恋する乙女と化している。
そんな彼を前に、その恋する相手が僕ではなく、これが完全に他人事であったならばきっともっと暖かな目で見守ることが出来るんだろうなと、心底うんざりしながら思った。
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