86人が本棚に入れています
本棚に追加
意義深いメッセージが唯一無二の遺伝子を触発した。
刺激を引き金に、英治は突然変異を遂げる。
刹那に組織された内部には、イルロックの熱量に屈するどころか、
がっぷり四つに組み合い、尚且つ返り討ちにできるほどの余裕が生まれていた。
「イルロックさん、あんたのお望み通り、俺も魂をぶつけるぜ」
日差しを遮る殻は完全に砕け散り、今まさに新たな自分が孵化する。
「韻を踏まなくてもラップはできるが、
韻を踏まなきゃ俺のラップじゃねぇんだ!」
彼は自己を拘束していた韻の鎖を解き、武器に変えて蜂起した。
ラッパーに欠かせない独創性を提示する最適な手法として。
会場の空気は次第に英治の方へ傾き始めた。
二度と巡って来るか知れない好機を掴み取るには、
他の何でもなく、秘めた思念を表面化させる韻が必要だった。
「ステージは墓場」
ミラーボールの下を戦場に喩えたイルロックの土俵に、
英治は意気込んで乗っかった。
サイファーメイトの雄姿が彼の脳裏を矢継ぎ早に過る。
「戦い散っていった仲間」
ステージ袖から情熱を帯びた歓声が巻き起こる。
彼らは敗者に纏う悲壮感を打ち破り、外野から全力で英治に加勢していた。
声援に呼応して振り返った英治が一人ずつ指差していく。
「あいつらが宝」
MCバトルは基本1対1の真っ向勝負。
ただし、ラップの中身に比例して、
観客は味方についたり、翻って無下にあしらったりする。
このときの彼はイルロックを除く全員を背後に従えていた。
それも姑息な手を使うことなく、純粋なラップのみで。
最初のコメントを投稿しよう!