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 意義深いメッセージが唯一無二の遺伝子を触発した。 刺激を引き金に、英治は突然変異を遂げる。 刹那に組織された内部には、イルロックの熱量(バイブス)に屈するどころか、 がっぷり四つに組み合い、尚且つ返り討ちにできるほどの余裕が生まれていた。 「イルロックさん、あんたのお望み通り、俺も魂をぶつけるぜ」 日差しを遮る殻は完全に砕け散り、今まさに新たな自分が孵化する。 「韻を踏まなくてもラップはできるが、  韻を踏まなきゃ俺のラップじゃねぇんだ!」 彼は自己を拘束していた韻の鎖を解き、武器に変えて蜂起した。 ラッパーに欠かせない独創性を提示する最適な手法として。  会場の空気は次第に英治の方へ傾き始めた。 二度と巡って来るか知れない好機を掴み取るには、 他の何でもなく、秘めた思念を表面化させる韻が必要だった。 「ステージは墓場」 ミラーボールの下を戦場に喩えたイルロックの土俵に、 英治は意気込んで乗っかった。 サイファーメイトの雄姿が彼の脳裏を矢継ぎ早に(よぎ)る。 「戦い散っていった仲間」 ステージ袖から情熱を帯びた歓声が巻き起こる。 彼らは敗者に纏う悲壮感を打ち破り、外野から全力で英治に加勢していた。 声援に呼応して振り返った英治が一人ずつ指差していく。 「あいつらが宝」 MCバトルは基本1対1の真っ向勝負。 ただし、ラップの中身に比例して、 観客は味方についたり、翻って無下にあしらったりする。 このときの彼はイルロックを除く全員を背後に従えていた。 それも姑息な手を使うことなく、純粋なラップのみで。
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