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「だからこそ」
快進撃は依然止まらない。土壇場で母音『aaa』の4連打が着地する。
イルロックが掌握しかけていた戦局は五分に引き戻された。
ビートはまだ呼吸していた。
獰猛な音が息絶えるまで、例え命が朽ち果てようと、
ラッパーは魂を唄い続けなければならない。
「俺はマイクを握ってる屍の上」
決勝戦の舞台に立つこと。それは食に等しい。
どちらも命を懸けた犠牲の上に成り立っている。
英治は膝を抱えて跳び上がり、左手で苦しそうに後頭部を押さえる。
──もう少しだけ。もう少しだけ頑張れるだろ。
もう少しだけ生きてくれ……俺!
疾うに限界を突破していた彼の視界に、忽然と一本の道が拓けた。
かつてイルロックが歩んできたであろう希望の道が。
彼が楽曲に込めたのと同じ道が。
あとは自由に駆け抜けるための通行手形を手に入れるだけ。
「進む勝利の My Own Way!」
尊敬すべき先達が造り上げた、自我を殺めずに走れる二つとない道。
極限状態にして、英治は自力でそこへ辿り着いたのだった。
「終了ー!」
歴史に記される名勝負が潔くその幕を下ろした。
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