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街路樹に寄り掛かってスマホを弄る英治のもとへ、宗太が駆け足でやってきた。
「おう、英治! 遅れて悪い」
「いやいや、こっちこそごめん。
こんな遠い所までわざわざ来てもらっちゃってさ」
「当たりめぇーよ! 何しろ幼馴染の晴れ舞台だからな!」
「ありがとう」
俯いたまま脚を幾度も交差させ、どうにも落ちつかない様子の英治。
「やっぱ緊張してる?」
「緊張というよりは……楽しみかな」
「大物じゃん。これは全国制覇も夢じゃないぞ」
「よせよ」
見慣れない街並みを眺め、宗太が思い出したように言う。
「だって、イルロックさんと曲も作ったんだろ? 敵無しじゃんか」
「発表はこれからだけど、思い描くラッパーにちょっとだけ近付けた気はするよ」
実はあのバトルを終えて、
英治はイルロックに楽曲の共同制作を持ち掛けられていたのだ。
比類なきパフォーマンスに魅せられたベテランから進んでの提案であった。
その貴重な体験は間違いなく彼の歩みを後押していた。
腕時計を一瞥して、英治は勇み立つ。
「さぁ、そろそろ行くか!」
「あぁ!」
進化し続ける18歳が確固たる一歩を踏み出した。
足先は全国大会に留まらず、その向こう側に待つ未来をも見据えている。
遥か前で導くのは、イルロックを代表とする歴戦の豪傑。
隣でエールを送るのは、宗太やサイファーの仲間たち。
後ろで見守るのは、温もりに満ちた母親。
各々の想いを背負うと、彼の瞳は地に別れを告げ、空を目指す。
理想のラッパー像を追い求める道の上、眼路は果てしなく澄み渡っていた。
魂がぐんと手を伸ばす。マイクは夢ごと力強く握られた。
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