煙、あるいはささやかな魔法の話

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 伯父は煙草の煙で色々な形を作ることが出来た。定番の輪っか、動物の形の煙、人型の煙。これしか芸がないんだ、とよく笑っていた。人懐っこい笑顔だった。  私は伯父のその芸が好きで、よくねだっていたものだ。もう少し、もう少しだけ煙を見せて。伯父は少し困ったように笑いながらも、煙の芸を見せてくれた。  伯父がフーッと煙を吐き出すと、瞬時に様々な形を取り、そのままゆらゆらと消えてしまう。それはまるで魔法のようだった。  いや、本当に魔法だったのかも知れない。大人になって煙草を吸うようになっても、私には同じようなことは出来なかった。かろうじて輪っかを作ることは出来ても、伯父のように様々な形を作れるようにはついになれなかった。  煙を思いのままの形にする、そんなささやかな魔法があってもいい。だがそれは伯父だけの魔法だ。そう感じた私は、それっきり煙草を吸うのをやめた。  最後にこの芸を見たのは、伯父の葬儀の時だ。火葬場の煙突から立ち昇る煙は確かに輪っかになり、続いて人型になってゆらゆらと空に消えた。  これしか芸がないんだ。何処かで伯父が人懐っこい笑顔で笑っている気がした。伯父さん、もう少しだけ芸を見せてよ。私は心の中で一人呟いた。
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