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2010年 大学3年生
件の同級生と一緒だったのは、小学校だけだ。彼女は地元から遠く離れた音楽中学に進学し、そのまま大学まで音楽科一択だと聞いていた。
彼女の活躍は折々耳に入った。
コンクールで優勝した。明るいクラスの人気者。新聞にも載ったらしい。
彼女の悪い話は、まれに聞く。
先程聞いたのは、彼女が離婚したという、いうなればバッドニュースだ。学生結婚だったが、一年ほどで双方の情が冷めてしまったらしい。学食で偶然会った別の元同級生が、世間話の一つとして教えてきた。
だが、良い話か悪い話かは私にとって関係なかった。
私は彼女を思い出すだけでも、足元がぐらつく感覚を覚えた。
『〇〇ちゃんは、なにもできないのねえ』
軽やかに笑う幼い声が、私の頭にこだまして離れない。
拳を思わず強く握りしめたとき、声をかけられた。
「大丈夫?」
顔を上げると、向かいに座る彼氏が心配そうに私を見ていた。
「うん。大丈夫」
うなずいてみせても、彼の顔は納得しているように見えなかった。
言い訳しようとしても、うまく言葉が見つからない。
代わりに、先延ばしていた返事を今ここでしてしまうことにした。
「あの、この間の返事だけど」
緊張しつつ、息をついで言った。
「私なんかで良ければ、その、私も結婚したいです」
誤魔化されたのはわかっただろうが、彼の表情はぱっと晴れやかになった。
先日、彼は私にプロポーズした。正確には、今後は結婚を前提とした付き合いになりたいとのこと。
気が早いのではないかと悩んでいたが、今日決断した。
友人の『結婚したら勝ち組』論を日々聞き流していたせいもある。
決定打になったのは、今しがた聞いた報せだった。
私が、勝ち組になれるかもしれない。
負け組の自分から、勝ち組の自分へ変身を遂げられるかもしれない。
負け組と勝ち組の立場が、逆転するかも知れない。
不意にわいた醜い感情に気がついて、少し惨めになる。
小学生以来、自分の心の弱さを自覚しながら、息を潜めて日常を送ってきた。居心地がましだったはずの中学、高校でもそれは変わらなかった。
大学生になって少しは羽をのばしているが、いまも内面はほとんど変わらない。
だが、目の前の彼は私のそんな所も含めて受け入れてくれた人だ。
こんな自分でも、自然体でありつつ幸せになれるのかもしれない。
そして、いつかあの子の呪いから解放される日が来るかもしれない。
微かな期待を込めて、私は彼の手を取ることに決めたのだ。
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