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第五幕
数日後。
茂造が追い出された長屋にお滝と畜庵の姿があった。
お滝は着物の上に茶吉の家紋が入った羽織を肩から羽織っていた。
畜庵はというと長屋にある惣後架といわれる共同トイレであらん限りの力を振り絞り腹の中のものを放り出していた。
「ぬぅぅぅ出ねぇ」
「出ないんじゃない出すんだよ」
「そんなに覗かれたら出るものも出んわ!」
「うるさい!さっさとしないと下肥買いが来ちまうよ!」
茶吉が払ったというか畜庵がばら撒いた鎌倉山東慶寺までの代金を払うためにお滝は長屋の大家となった。
その大家の大事な収入源のひとつが住民が出す下肥(糞尿)だ。江戸近郊に点在する農家の貴重な肥料となり、野菜をすくすくと育て、やがて江戸全体を潤す礎となる。
たかが下肥、されど下肥。
年間で見れば下肥だけで五両(50万)近くの稼ぎになるのだ。
この回収を管理するのも大切な仕事の一つであるが、普段からのらりくらりと家賃の支払いを滞納する畜庵への取り立ては一際厳しかった。
「出ねぇ!」
「まったく!尻の毛でもよこしなぁ!」
「あぁぁぁ?!!毟りやがった!尻の穴が痛え!」
「これでちったあ足しになるだろうさ」
「穴の毛まで毟るたぁ鬼か!」
「鬼で結構。大家として仕事はきっちりさせてもらう」
尻の毛を毟られた畜庵はいつもより猫背になり、尻をさすりながら長屋へと引っ込んでいく。
お滝が気配を察して他の長屋の入り口を睨むと住民たちは慌てて顔を引っ込めた。
「家賃が払えないならあんた達の毛も毟るからね!」
怯える住民に反してお滝の顔は晴れやかだった。
お滝が大家になってから、その有能ぶりと辣腕ぶりはあっという間に江戸中に広まった。今では江戸市中の地主たちから貧乏人、問題児、厄介者を預かってもらえないかと依頼が集まり、狂人変人奇人はお滝を頼って火に群がる蛾のごとく寄ってくる有様。
さながら肥溜めの様相を呈している。
いつからかお滝が管理するこの長屋は尊敬と侮蔑の意味を込めてある名前で呼ばれるようになった。
誰が呼んだか江戸の肥溜め『畜生牢』
やがて江戸幕府を巻き込む大騒動の中心となる場所である。
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