デコレーションにピストル 12

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デコレーションにピストル 12

12 「ご馳走様でしたぁ」 店を出た俺は冬空に頭を下げてコーヒーの礼を言う。 「俺が付き合って貰ったんだ。気にするな。家、どっち?」 「ぁ…あっち…」 「ん、じゃ行こう」 街灯がまばらな道を並んで歩く。 店ではあまり気づかなかったけど、並んで歩くと大人の香水の香りがした。 「あ…雨だ」 暫く歩いた頃、タイミング悪くパラつき出した雨を手のひらに受けて呟く。 すると、冬空がジャケットを脱いで俺の頭にかけた。 「ちょっ!冬空が風邪引くだろっ!」 頭から被されたジャケットから彼を見上げる。 「じゃあ、俺も入れて」 冬空は俺の腰に両腕を絡めて身体を引き寄せた。 完全に抱き締められた形になったのに、ジャケットを両手で持っているせいで動けない。 「桜雨って言うんだろ、日本じゃ今の時期に降る雨は」 俺の顔を覗き込むように話す冬空。 「し、知らねぇよ。」 ぎこちなく返事を返すと、冬空は更に顔を近づけて 「桜の上に降って散らすから桜雨って言うんだって。祖母から聞いた事がある。」 「へ、へぇ…そうなんだ。知らなかった。」 こんな体勢で頭から被ったジャケットは、まるで人目を忍ぶみたいに俺達を隠す道具に思える。 静かな住宅街の歩道…。 桜の木が等間隔で並び、地面に花弁が幾つも敷き詰められている。 冬空から視線を逸らす為に足元ばかり見ていると、腰に回った腕が軽く引き寄せられた。 「ちょっ」 「そんなに離れたら濡れるよ。」 耳元で囁かれ、全身が火照るように熱を持つ。 男同士だって言うのに、心臓が煩い。 何か喋らなきゃ! 間がもたねぇ! 「俺さっ!!今日っ!…キスされたんだ…」 勢いで口にしたセリフに自分でも驚いた。 「…誰に?」 うんと低い冬空の声が耳元に流れ込む。 「…あ、青葉…アイツ…何か今日変で、体調悪いとか言ってたくせに、俺が彼女欲しいって煩いから練習だよとか…バカとか言って先に帰っちまうし…多分、機嫌悪くて俺を揶揄ったんだろうけど…アイツと喧嘩なんて小学校以来してないのにっ!」 「ふぅん…浮かない顔の理由はキスか…そうだったんだ…」 冬空が意味深に呟いて俺の顎を掴んだ。 「へ?」 「ちょっと刺激しすぎたな…まさか先に手を出されるなんて…」 「何言って…んぅっ…ンッぅゔっ」 ガリッと歯を立てたせいで血の味がする。 冬空が俺にキスしたせいで、驚いて噛み付いてしまった。 唇を割って差し込まれた温かい舌先が口内を撫で回した感触が消えない。 ジャケットを被ったまま、シトシト音を立てる雨の中、一方的に冬空を睨む。 「何…してんの?」 「寺崎と同じ事だよ」 血の滲む唇をゴシっと手の甲で拭う冬空。 「だから…そうじゃなくてっ!!何でこんな事すんだよっ!」 「理由も…寺崎と同じだよ」 ドンと冬空の胸元を突き飛ばす。 バサッとジャケットが落ちて、二人の間に距離が空く。 「同じってなんだよっ!揶揄ってんの?馬鹿にしてんの?俺、冬空みたいな先生ならって話したのにっ!」 「秋空さ、一目惚れって信じる?」 「はぁ?!今そんな話してねぇよっ!」 「寺崎はおまえに惚れてるんだよ。」 冬空はパシャッと水音を立てて一歩前に出ると、地面に落ちたジャケットを拾った。 俺はポカンとその様子を見つめて、小さく呟いた。 「何だよ…それ」 「俺は秋空に一目惚れした。信じるか信じないかはおまえが決めれば良い。」 ポタポタと毛先から雫が滴る。 何だ? 何言ってんだ? 俺はギュッと拳を握り、その場から走り出した。 パシャパシャと足元で水が跳ねる。 猛ダッシュしたせいで、足が絡まりそうになる。 息が切れて、横っ腹が痛い。 水を吸ったローファーがグプグプ音を立てる。 玄関の門扉に手をかけた時だった。 「秋空っ!!」 ハッと後ろを振り返る。 そこには傘をさした青葉が 立っていた。
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