1-8 消えたヤマト

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1-8 消えたヤマト

フードを被った男がシャッターの下りた<フロリナ>の前に立っていた。 警察もあの女も邪魔だ…。 彼女から何とか引き離さなければ…。 警察官による定期的なパトロールと中島が一緒に家に居てくれる為、千尋は以前よりも穏やかに過ごせるようになっていた。最も毎日ポストに自分の隠し撮りされた写真や手紙が投函されている事は中島から聞いていたが、目に触れさせずに警察に提出してくれている。中島には感謝してもしきれないので千尋はお礼を兼ねて、毎日腕を振るって料理を作っている。 「店長、今日はホワイトソースのチキングラタンにオニオンスープ、それにミモザサラダのフレンチドレッシング和えですよ」 「すご~い!まるでレストランのディナーみたい!!」 中島は目をキラキラさせて大喜びしている。 二人の賑やかな食卓の足元ではヤマトが尻尾を振りながら餌を食べていた。 「そんな、大げさですよ。本当に店長には感謝してるんです。周囲には警察の人が巡回してくれているし、店長も家に泊まり込んでくれていますから。私とヤマトだけだったら怖くて家にいられませんよ。どうぞ、食べて下さい」 中島は熱々のグラタンを口に運んだ。 「美味しい!こんなにおいしいグラタン初めて食べるわ!!」 「良かった~。お口に合ったみたいで」 千尋はニコニコして言った。 「そう言えば、今日病院に行った時に里中さんていう人に会ったのよ。ひょっとしてストーカー相手を突き止められるかもって言ってたわ」 「え?本当ですか?!」 「ええ。彼の所には毎晩無言電話がかかっていたそうよ。彼が言うには自分の事も青山さんの事も知っている人間が犯人じゃないかって言ってたわ」 「私と里中さんを知ってる人物…?」 千尋には全く心当たりは無かった。 「うん、だから犯人が見つかるのも時間の問題かもよ?」 「それならいいんですけど…」 「大丈夫だってば!全て解決したら彼も誘ってお酒飲みに行きましょ?」 「はい!」 (良かった、青山さん。少し元気が出たみたいで) この後、二人はいつも以上に会話が弾み、楽しい食事の時間を過ごす事が出来たのであった。  時刻は夜の9時、二人で食事の後片付けをしていた時に突然 ピンポーン 玄関のチャイムが鳴った。 「え?だ・誰?」 千尋はビクリとなった。 「大丈夫よ、青山さん。私が玄関の様子を見てくるから絶対出ちゃ駄目よ」 中島は防犯ブザーを握りしめた。いざという時はこのブザーを鳴らして巡回中の警察官にしらせるつもりで用意していたものだ。玄関の覗き窓から見ると2人の警察官の男性がいたので慌てて中島はドアを開けた。 「こんばんは、夜分にすみません」 メガネをかけている警察官が口を開いた。 「あ、あの…何かあったんでしょうか?」 「実はあなたがたの務めている花屋のシャッターが何者かに火を付けられてボヤ騒ぎがあったんですよ。幸い火はすぐに消し止められたのですが現場でお話をさせて頂きたいので責任者の貴女に御同行願えますか?」 「ええ?!火事があったんですか?!」 中島は衝撃を受けた。 「もしかして…放火ですか?」 「ええ…恐らくは」 今迄黙って話を聞いていたもう一人の警察官が初めて口を開いた。 「あの・・・何かあったんですか?」 玄関の話声に片付け物を終えた千尋が顔を出してきた。 「青山さん、大変!うちのお店が火事になったんですって!」 「ええ?!」 「幸いすぐに火は消し止められたのだけど…警察の人と一緒にお店に行かなくてはならなくなったの」 「大丈夫です、私が残って外で待機していますので」 メガネをかけた警察官は言った。    中島と警察官がパトカーで店まで出かけた後、警察官は千尋に言った。 「いいですか?戸締りをしっかりして一歩も家から出ないようにして下さい。私が外で待機していますので安心して下さい」 「はい、ありがとうございます」 千尋は警察官が門の外へ出ると、鍵をしっかりかけた。身体の震えが止まらない、そこへヤマトがやってきた。 「ああ、ヤマト」 千尋はヤマトをしっかり抱きしめた。 「私を守ってね…」 ヤマトは黙って頷く。  その時、突然夜の静けさに ガチャーンッ!! 遠くで何かガラスのようなものが割れる音が聞こえて悲鳴があがり、バタバタバタと走り去っていく音が聞こえ、辺りはまた静けさを取り戻した。 「な・何?!」 千尋は飛び上がり、耳を澄ましたが何も聞こえない。5分程経過した時に、玄関の方でガチャガチャと音が聞こえた。 「―!」 千尋は恐怖で身体が動かない。 「ウウ~ッ!」 ヤマトが立ち上がり、今まで一度も聞いたことがないような低い唸り声をあげて玄関の方を睨み付けている。 「ヤ・ヤマト…?え?!」 ガチャッ 玄関の開く音が聞こえた。 「!!」 千尋は思わず叫びそうになったので両手で口を押えた。 ギシッギシッ‥‥ 廊下を進んでくる足音が聞こえる。 (いや…誰‥?怖い…!!) その時である。 「ガウッ!!」 ヤマトが鋭く吠え、廊下を飛び出した。 「うわっ!」 直後、はっきりと聞きなれない男の叫び声が聞こえた。 「くそっ!は・離せ!」 ヤマトが侵入者と格闘しているようだが千尋は恐怖で動けない。 バタバタバタッ!! 走って逃げる足音とヤマトの吠える声が完全に聞こえなくなるまで千尋は一歩も動く事が出来ずにいた。 やがて、はっとなり、 「ヤマト?」 千尋は玄関へ向かうと、ドアは開け放され、そこにはヤマトの姿も侵入者の姿も見えなかった。 「え…あ…ヤマト…?ヤマトッ!!」 玄関を飛び出すと、そこへ慌てて走ってきた警察官と鉢合わせした。 「一体、何があったんですか?!」 千尋は警察官に詰め寄った。 「それが、近所で石で窓ガラスを割られる事件が発生したんですよ。それで慌てて様子を見に行って話を聞き終わった後、こちらへ戻ってきたばかりなんですが・・この様子だと何かあったようですね…」 警察官は千尋のただならぬ様子に言った。 「詳しく話して頂けますか?」 千尋はつい先ほど起こった出来事を詳しく説明して、最後に言った。 「それより、ヤマトです。ヤマトが私を助けるために犯人を追って行ったんです!早く探しに行かないと。大事な家族なんです!!」 「落ち着いてください、我々が必ず見つけ出しますから。まだ危険ですので絶対にあなたはこの家から出ないで下さい」    一方その頃、中島は同行していた警察官から千尋の身に起こった事件を聞かされていた。 「…どうやら犯人は我々を彼女から引き離す事が目的だったようですね」 「―そんな!」 「とにかく、火災もボヤで済んだ事です、ここに警官を残しておくのでひとまず青山さんのご自宅に戻りましょう」 「…はい」 中島はパトカーで千尋の家に送り届けられた。 「青山さん…?」 部屋に入ると中島は俯いて床に座り込んでいる千尋を見つけた。 「店長…。ヤマトが…」 中島は何も言わずにギュッと千尋を抱きしめた。 中島はヤマトが千尋を守った事も聞かされている。 「大丈夫、ヤマトが見つかるのを信じて待ちましょう?」 千尋は黙って頷いた。  しかし、この日の夜ヤマトが戻ってくることは無かった…。  翌日の事。 里中は出勤時、守衛室をチラリと覗いて見たが話しかけてきた男は素知らぬ顔で座っていた。 (‥妙な男だな…) 病院のロッカールームで先程の守衛の男の事を思い出してみた。 (おかしい…何故昨夜は無言電話がかかってこなかったんだ…?) ぼんやり考えていると、ポンと肩を叩かれた。 「おはよう、里中」   振り向くとそこにいたのは先輩の近藤だった。 「なあ、知ってるか?昨夜<フロリナ>でボヤ騒ぎがあったって」 「え?!何ですか?その話は?!」 里中は嫌な予感がした。 「ああ?さっき俺も聞いたんだが知り合いがあの花屋の近くに住んでいて夜の9時過ぎ…だったか?シャッターの前に段ボール箱が置かれて燃やされたらしいぞ?でも大した被害は無かったらしいけどな?」 「そんな…」 (ひょっとすると昨夜俺に無言電話がかかってこなかったのは、あのストーカーが燃やしたのか…?恨みで?でもそれだけじゃ説明がつかない…) 「おい、どうした?里中?」 急に真剣な表情で黙り込んでしまった里中に声をかけてきた。 「あ、いえ。何でもないです!」 慌ててユニフォームに着替え始める里中であった。  リハビリステーションに行くと、何故か騒がしい。見ると主任が数名の男達に取り囲まれているのである。 「あれ?一体何があったんだ?」 一緒にやってきた近藤は不思議そうに言った。 その時、主任がこちらを見た。 「里中!ちょっとこっちへ来てくれ!」 「はい、何でしょう?」 里中が行くと、突然一人の50代位の男性に声をかけられた。 「里中さんですね?我々はこういう者です。」 取り出したのは警察手帳である。 「!」 「少しお話したい事があるので、お時間いただけますか?」 里中は主任の顔を見ると、黙って頷かれた。 「はい…大丈夫です」 「ありがとう。ではついてきてください」     病院の外に連れ出されると入り口にはパトカーが止まっていた。 「あなたを案内したい場所があります」 パトカーに乗り込むと先程の警察官は言った。 「あの…どこへ‥?」 「着いてから説明します」 言うと、それきり黙ってしまったので里中もそれ以上何も聞くことが出来なかった。 (一体、何だよ…?俺、もしかして疑われてるのか‥?) 嫌な考えが頭をよぎった。 (いや。例え連れて行かれるのが警察署だったとしても俺は何も悪い事は一切してないんだから堂々としていればいいんだ)  パトカーが走り出して、約40分後。けれども着いたのは意外な場所だった。 「え?病院?」 「ここは警察病院です。あなたに会わせたい人物がいます」    案内されたのは入院病棟の個室であった。ベッドの上には腕や頭に包帯を巻かれ、首にはコルセット、そして酸素吸入を付けている人間が眠っていた。数名の警察官たちと病室の中に入った里中はその患者の顔を見て、驚愕した。 「な・長井‥‥」
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