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2-9 クリスマスイブの約束
夜の公園で話をした後、里中は仕事の合間に渚を注意深く観察する事にした。理由は渚のあの時の言葉の真意を測る為である。自分に残された時間は少ない等と意味深な事を言われては気になるのも無理はなかった。なので自分と帰る時間が重なる時は待ち伏せして様子を見る事にしたのである。
今日がその第1日目であった。
通用口で渚が出てくるのを見張っていたその時。
「何だよ、里中。お前探偵にでもなったつもりか?」
近藤が後ろから肩をポンと叩いてきた。
「うわあああっ!」
里中は驚いて大声を出してしまった。
「先輩!脅かすのはやめてくださいよ!心臓に悪い!」
里中が抗議した。
「な、何言ってるんだよ。あんな大きな声で叫ばれたこっちの方がおどろいたじゃないか」
余程驚いたのか、近藤は胸を押さえている。
「ところで、お前まだ千尋ちゃんの男を見張ってるのか?」
「まだ千尋さんの男と決まったわけないじゃないです」
「お前なあ、若い男女が二人きりで一つ屋根の下に暮らしてるんだぞ?本当に何も無いと思ってるのか?」
「言わないで下さいよ!想像もしたくない!」
里中は頭を振った。
「俺は今、間宮の動向を探るので忙しいんですから」
そう言うと再び里中は通用出口に目を移した。
「お前、本当に暇人だなあ。なあ、そんなのやめて今から俺と飲みに行こうぜ?」
「嫌ですよ。先輩酒に弱いじゃないですか。もう先輩のおもりするのはごめんです。あ!出て来た」
里中は現れた渚に注目した。
「先輩、俺はあいつの後をつけるんで失礼します」
「ふ~ん。俺もついてこうかな?どうせ今夜は暇だし」
「駄目です、ついてこないで下さい」
「それじゃ、なぜ間宮君を見張ってるのか教えてくれたら、ついてくのやめてやるよ」
「それは…」
「あ~っ!そんな事より見失うぞ!」
近藤に言われて、慌てて里中は後を追った。当然のように近藤もついてくる。
「なあ、こんな事して意味あるのか?」
「先輩、文句があるならついてこないで下さいよ」
渚はバス停で止まった。
「あ、バスに乗るみたいだな?どうする?俺達も乗るのか?」
「勿論、乗りますよ」
バス停には20人前後の人々が待っていた。里中と近藤は前方に並んでいる渚よりも10人程後ろで並んだ。やがてバスがやって来ると列に並んでいた人々がぞろぞろ乗り込んだ。渚も乗ったので、里中と近藤も後に続く。バスに揺られながら里中は渚の様子を観察したが、特に変わった様子はない。やがてバスは終点の駅に到着した。
「なんだ、結局家に帰る為にバスに乗っただけじゃないか」
近藤はつまらなそうに言った。
「そうみたいですね…」
里中は落胆してしまった。
(後をついて行けば、何かしら分かると思ったんだけどな…そんなに簡単にはいかないか)
バスから降りた渚は商店街を歩いている。そして足を止めた。
「ん?あの店は…<フロリナ>じゃないか。千尋ちゃんを迎えに来たんだな」
近藤は里中を振り返って言った。
「もう、いいですよ。先輩…俺、今日はもう帰ります」
帰りかけた時に近藤が言った。
「あ、千尋ちゃんが出て来たぞ。よし声をかけてみるか」
「え?先輩、何言ってるんですか!」
慌てて近藤に手を伸ばそうとしたが、手遅れだった。
「おーい!千尋ちゃん!間宮君!」
近藤は手を振りながら千尋と渚の前に姿を現した。
「あ…近藤さん、こんばんは」
千尋が頭を下げた。
「あれ?どうしたんですか?ん?後ろのいるのは里中さんですか?」
渚は近藤の後ろに隠れるように立っていた里中に気が付いた。
「こ、こんばんは…」
渋々里中は千尋と渚の前に姿を見せると言った。
「凄い偶然だな~。俺達飯でも食べようかって一緒に駅まで来たんだよ。そしたら間宮君が千尋ちゃんと一緒の所を見かけて声かけたんだよ、な?里中」
近藤はその場で考えた嘘をペラペラと喋った。
「あ、う、うん。実はそうなんだよ」
仕方ないので里中も話を合わせる。
「ふ~ん、やっぱりお二人ってすごく仲がいいんですね」
千尋が言う。
「うん。近藤さんと里中さんは大体いつもお昼ごはんを一緒に食べに来るんだよ」
「なあ、どうせなら皆でこれから飯食べに行かないか?俺美味いラーメン屋知ってるんだ?千尋ちゃんはラーメン食べるかい?」
近藤は言った。
「そうですね…。私はラーメン好きだけど、渚君は食べる?」
「うん、千尋が食べるなら僕も食べるよ」
二人が顔を合わせて話すのを里中は暗い気持ちで見ていた。その様子に気が付いたのか、近藤が言った。
「よおし!それじゃ皆で行こうか。間宮君、実は俺前から君と話がしたかったんだよねー」
近藤が渚の隣に並んで話しかけて来た。
「え、何ですか?話って」
渚が尋ねると
「まあ、歩きながら話そうぜ」
そして強引に渚を連れて先頭を歩き出した。後ろを振り返った時、近藤は里中に目配せした。
(頑張れよ)
そう応援しているかのように見えた。
(先輩…俺の為に?)
里中は近藤に勇気づけられて千尋に向き直った。
「俺達も行きましょう、千尋さん」
「そうですね。行きましょうか?」
(どうする?でも一体何を話せば良い?)
本当は話したい事は沢山あった。けれどもいざ千尋を前にすると緊張の為か何を話せば良いか分からない。でも黙ってるのも気まずい。
「あ、あの千尋さん」
里中は思い切って言った。
「はい?」
「千尋さんはラーメンは何派ですか?俺の中ではやっぱりラーメンと言えば豚骨味噌味が一番ですよ」
「そうですね。私だったら…あっさりした醤油ラーメンかな?」
「あー醤油もいいっすね~。特に刻み葱がたっぷり乗って大きなチャーシューがトッピングされていれば最高っすよ」
(ああ!俺何でこんなどうでもいい話してるんだよ~!!)
「ふふふ…
」
千尋が突然笑い出した。
「え?どうしたんですか?」
「あ、いえ。里中さんと話してると元気を貰えるなって思って。ほら、明るくて面白い人だから」
「!」
里中は顔が赤くなるのが分かった。
「ち、千尋さん!」
「はい?」
突然大きな声で名前を呼ばれて千尋がびっくりしたように返事をした。
「あの、来週のクリスマスイブ、何してますか?!」
「え…と?普通に仕事ですけど?」
「そ、そうですよね。お花屋さんなんて1年でも最も忙しい日かもしれませんよね。ハハハ」
「里中さんも仕事ですか?」
「はい…。しかもあの鬼のような先輩に遅番のシフト無理やり交代させられたんですよ。どうせ何も予定が無いから別にいいんですけどね…」
「私も遅番なんですよ。でも仕事が終わったら<フロリナ>の人達とお店でクリスマスパーティー開く事になってるんです。もしよければお店にいらっしゃいますか?」
「え!それ本当ですか?!」
「はい、あ…でもパーティーと言っても大した事出来ませんよ?仕事の終わった後なので料理の準備が出来ないからデリバリーのピザや買って来たチキン…それにクリスマスケーキといった簡素なものなんですけど。毎年クリスマスはこんな感じで過ごしてるんです。それに今年は渚君も来るし、里中さんも、もしよければ…」
「行く!絶対に行くっす!」
本当は二人きりで過ごしたいところだが、一人寂しくイブを過ごすよりも大勢でパーティーで盛り上がった方が数倍楽しい。しかも千尋がいれば尚更だ。
「それじゃ、<フロリナ>の人達にも話しておきますね」
千尋はにっこり笑った。
(くう~っ!神様!生きててよかった!先輩、感謝しますっ!)
ついでに前方を歩く近藤に感謝する里中であった。
近藤が連れて来たラーメン屋は豚骨スープのラーメンとあっさりした魚介で出汁をとった魚介スープの2種類を扱ったラーメン屋であった。
麺は太く縮れてスープによく馴染む。
「美味しい!」
千尋はラーメンを一口食べて感嘆の声を挙げた。千尋の食べているラーメンは塩の魚介スープ味だった。
「千尋、これも美味しいよ。このトッピングの味卵もいいね」
渚が食べているのは魚介スープの味噌味。
一方、里中と近藤が食べているのはこってり豚骨スープの味噌ラーメンである。
「あ~あ…結局こうなるのか…」
里中は千尋と渚が並んで座って楽しそうに食べているのを横目でチラリと見て言った。あいにく店が混雑していてカウンター席で二人一組で別れて座る事になってしまったのである。
「何だよ、折角人が気を利かせて千尋ちゃんと喋れる場を用意してやった俺にそんな口利いていいのかあ?」
ラーメンをすすりながら近藤は言った。
「それには、感謝してますよ。けど…ラーメンだって出来れば二人で座って食べたかったですよ」
「ばーか。俺にはあれ以上間宮君を千尋ちゃんから引き離す事は無理だったんだよ。だって千尋ちゃんの自慢話ばっかり喋るんだぜ~」
「自慢話?例えばどんな?」
「うん、最近は二人で料理を交代でつくってるそうなんだが、いつも千尋ちゃんが料理担当の時は自分の好きなものばかり作ってくれるとか、この間はお弁当まで作ってくれてすごく美味しかったとか…?ん?お・おい。お前そんな殺気だった目で俺を見るなってば」
只ならぬ雰囲気で話を聞いている里中に近藤は焦りながら言った。
「だ、大体お前からこの話振ってきたんだろう?俺を恨むのはお門違いだろうが!」
「それは…そうなんですけどね」
里中はブツブツ言いながらラーメンを食べる。
「お前なあ…ほんと千尋ちゃんの事になると人が変わったようになるのな?ご馳走は楽しい気分で食べないと駄目なんだぞ?ん~美味い!」
「はい…」
「ところで、千尋ちゃんと何か話出来たのか?」
「良く聞いてくれました!実はクリスマスイブの日にパーティーに招待されたんですよ!千尋さんから!」
「おお~!それは凄いじゃないか!やったな?ん。でも…待てよ?パーティーって事は二人きりじゃないのか?」
「はい…そこなんですよね」
里中はがっくりしたように言った。
「本当なら二人きりでロマンチックにイブのお祝いをしたかったのに…」
「でも、まあそれでも進歩したんじゃないか?」
「先輩?」
「二人きりじゃないにしろ、千尋ちゃんとイブを過ごせるんだから。良かったな。」
肩を叩く近藤に言った。
「先輩…」
「どうした?」
「先輩も、やっぱりいい男ですよね。だから彼女出来るのかな?」
里中は近藤に熱い視線を送るのだった―。
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