3-1 記憶の中に眠る恐怖

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3-1 記憶の中に眠る恐怖

 クリスマスも終わり、新しい年が始まった。 千尋と渚は年末は家中の大掃除をし、新年は初詣に二人で出かけた後はお互い本を読んだり、カードやボードゲームで遊んだり等、好きな事をしてのんびり過ごした。 そしてが休みの最終日に渚が言った。 「ねえ、千尋。明日二人で一緒に出掛けない?」 「うん、いいね。でも出掛けるって何処へ?」 「前に僕が千尋と行ってみたい場所を色々話した事覚えてる?」 「うん。覚えてるよ」 「それじゃ、水族館に行ってみたいって話したことは?」 「勿論、ちゃんと覚えてる」 「早速行ってみようよ!」  電車を何本か乗り継ぎ、1時間以上時間をかけて二人は水族館にやってきた。この水族館は海沿いに建てられ、眺めも最高な場所にある。館内に入ると、中は子供の姿は殆ど見えず、若い男女のペアばかりだ。皆腕を組んだり、手を繋いでいる。 「「…」」 千尋と渚は顔を見合わせた。 「手…繋ごうか?」 渚が手を差し伸べて来たので千尋は遠慮がちに手を繋ぐと、渚は指を絡めてしっかりと握りしめて来た。千尋は驚いて渚の顔を見上げたが、渚は横を向いて目を合わせない。けれどその耳は赤く染まっている。なので千尋もキュッと握り返すと、渚がこちらを向いた。 「行こうか?渚君」 二人で薄暗い館内を歩く。巨大な水槽が照らされて色鮮やかな熱帯魚の泳ぐ姿やエイが優雅に泳ぐ姿、大きな白熊や可愛らしいラッコ・ペンギン…それらを二人で見て回る。 最後にイルカやアシカのショーを観覧したところで、海沿いのカフェで二人でランチを食べる事にした。千尋はクラブサンドセット、渚はハンバーガーのランチプレートをそれぞれ注文をした。 「楽しかった?千尋」 「うん、とっても楽しかった。水族館なんてもう随分昔に行ったきりだったから」 「誰と一緒に行ったの?」 「う~ん。高校生の時付き合ってた人だったかな?でもその人とはあまり長くは続かなかったんだけどね」 「千尋、付き合ってた人いたの?」 渚は驚いたように尋ねて来た。 「う、うん…。そうだけど?」 「そっかー。残念だなあ」 渚が少し落ち込んだ風に言った。 「何が残念なの?」 「僕が千尋の初めてのデート相手じゃなくて」 「デート…?デート?!」 (そっか、これって一応デートに入るんだ。ちっとも意識してなかった) 「あれ?そう思ってたのは僕だけだったのかな?」 その時である。 「お待たせいたしました」 女性店員が二人の注文した料理を運んできた。 「うわあ。千尋のクラブサンド、美味しそうだね」 「渚君のもとても美味しそうだよ?」 その後、二人は料理を食べながら水族館の話で盛り上がりながら、楽しい時間を共有したのだった。     食事を終えると千尋は窓から見える海を眺めていたが、やがて渚に話しかけた。 「渚君。海…近くで見てみない?」 「千尋は海が好きなの?」 「うん、好き。波の音を聞いてると落ち着くから」 「そうなんだ。それなら行ってみる?」  念の為にと持参していたシートに並んで座りながら二人は海を見ていた。真冬の海なので、人の姿は見られない。真っ青な水平線の海は青空の下、良く映えた。 「渚君、冬の海って何だか綺麗に見えない?」 風に吹かれた髪の毛を押さえながら千尋は渚を見上げて言った。 「そうだね。人もいないからゴミも無いし。だから余計に綺麗なんだろうね」 「渚君の両親て、海が好きな人だったんじゃない?だって『渚』って名前付ける位なんだから」 「さあ、どうなんだろう?僕にはよく分からなくて…」 渚は曖昧に返事をしたが、顔が強張っている。 「渚君?どうしたの?」 「え?何が?」 「何だか顔色が悪いみたいに見えるけど…?」 「そんな事、無いよ…」 渚は笑みを浮かべたが顔は青ざめている。 「もしかして具合が悪いの?もう帰ろうか?」 「うん…ごめんね。千尋」 渚は何とか立ち上がったが足元がふらついている。 「く…」 額には汗が滲んでいた。 「ねえ、渚君。無理しないで、少しここで休んでいこうよ?」 すると渚は子供の様に頭を振って言った。 「嫌だ…。この場所から離れたい…」 「…分かった。それじゃ私に掴まって?」 千尋は渚の大きな身体を何とか支えながら海から遠ざかっていく内に少しずつ渚の顔色が良くなってきた。 「大丈夫?」 渚を休ませる為に近くのファストフード店に入ると千尋は心配そうに尋ねた。 「ごめんね…千尋。折角二人で楽しもうと思ってたのに」 若干まだ顔色が悪いものの、大分具合が良くなったのか渚は笑顔で言った。 「渚君…。ひょっとして… 海が怖いの?千尋はそう尋ねたかったが、言葉を飲み込んだ。ようやく体調が良くなったのに、余計な話をして再び渚の体調を悪くさせるにはいけない。 「何?」 コーヒーの入った紙コップを手に渚は返事をした。 「うううん、何でもない。コーヒー飲んだら帰りましょ?」 「そうだね。明日からお互い仕事だしね。今夜の食事は何にしようかな…」 「今夜も夜は冷えそうだから、お鍋なんてどう?」 「それはいいねー。千尋はどんな鍋が好き?」 「鍋料理は何でも好きだよ?渚君は?」 「それじゃ、今夜は海鮮鍋にしよう。帰りに駅前のスーパーで材料買って帰らないとね」    その後二人は再び電車を乗り継ぎ、地元スーパーで海鮮鍋の材料を買い込んで帰路に着いた。 ****  二人で並んで台所に立ち、鍋の準備をしている。そんな渚を千尋は横目で見てみると、鼻歌を歌いながら次々と材料をの準備をしている。顔色はすっかり良くなっていた。 (良かった、元気になって) 千尋は心の中で安堵の息を吐いた。  やがて鍋料理が完成すると渚はグツグツと煮えている土鍋をコタツに運んだ。。千尋は日本酒とグラスを持って来ると言った。 「ねえ、渚君。一緒にお酒飲みながら鍋料理食べない?」 「僕は全然構わないけど…千尋、またこの間みたいに眠っちゃったりしない?」 「だ、大丈夫よ。だって今回はもうお風呂だって入ってるし、たとえ眠っちゃってもコタツの中だから大丈夫。と、言うか私日本酒は飲みなれてるから酔わないよ」 「そうだね、僕もお風呂に入ってるし気楽に飲めるね」 二人は鍋料理の仕込みが終わった後、交代でお風呂に入っていた。 「それじゃ、蓋を開けるよ~」 渚は土鍋の蓋を開けると、中からモクモクと湯気があがり、様々な魚介や野菜がたっぷり入った味噌仕立ての海鮮鍋が美味しそうに煮込まれている。千尋は二人分のグラスに日本酒を注ぐと渚に渡した。 「乾杯しよ?」 「うん、何に乾杯する?」 「え~と、う~ん…何にしよう?」 千尋は全く思いつかなかった。 「そんなに真剣に考えなくていいよ。ただの乾杯にしようか?」 千尋が頷くと二人でグラスを合わせた。 「「乾杯!」」 渚が仕込んだ味噌味の海鮮鍋は最高の味だった。 「やっぱり、渚君が作った料理は最高だね。流石調理師免許持ってるだけの事はあるねえ」 千尋は鍋料理を口に運びながら言った。 「ありがとう。千尋が選んだ日本酒も美味しいね~」 「フッフッフッ。この日本酒はね、東北地方にある蔵元が作った日本酒なの。フルーティーで、とても日本酒とは思えない口当たりの良いお酒なんだよ。若い女性の間で大人気なんですって。だからついつい飲み過ぎちゃうんだけどさ」 「ははは…。千尋は本当にお酒が好きなんだね。でも明日から仕事なんだからあまりお酒飲み過ぎない方がいいよ?」 「そうだね、また今度一緒に飲もうね。この先いつでも飲めるんだもの」 「この先いつでも…か」 一瞬渚の顔に影が差した。 「どうしたの?」 「ううん、何でもないよ。温かいうちに食べてしまおう?」   「ほら、渚君はもう今夜は休んで」 「でも片付けは僕がやるよ」 「何言ってるの?今日海で具合が悪くなったでしょう?私がやるから大丈夫だってば」  食事が済んだあと、片付けをすると言って聞かない渚を千尋は無理に部屋に追いやった。渚は最後まで自分がやると言って聞かなかったが、やはり体調がまだ優れないのか最終的には千尋の言う事を聞いて部屋に戻って行った。その後、食器洗いを済ませると 「そうだ、どうせなら洗濯もしちゃおう」 以前録画しておいたドラマを観ながら千尋は洗濯機を回した。    それから約1時間後、洗濯を干し終えると千尋は自分の部屋へ戻ろうとした、その時。 「う…うう…」 渚が使っている部屋から苦しそうな呻き声が聞こえて来た。 「え?渚君?」 (もしかして具合でも悪いのかな?) 「渚君、大丈夫?」 声をかけてみたが返事は無い。それでも苦しそうな渚の声が聞こえる。 「!渚君、入るね」 千尋は引き戸を開けた。中へ入ると渚はベッドの上で酷くうなされている。 「渚君!しっかりして!」 千尋は渚の枕元に行くと声をかけた。 渚は苦しそうに寝言を言っている。 「い…嫌だ…。助けて…」 「渚君!」 千尋は必死で渚を揺さぶった。その時である。 「ハアッ…ハアッ…!」 渚が突然目を開けて千尋を見た。そして一瞬泣きそうに顔を歪めるとベッドに横たわったまま千尋を腕の中に抱き込んだ。 「キャアッ!」 千尋は渚の身体の上に乗るような形になってしまった。 「な。渚君…?」 渚は息が止まるのではないかと思われる位、強い力で千尋を抱きしめている。 (く、苦しい…) 何とか離してもらおうと渚の腕の中でもがいたが、全く緩むことは無い。その時、渚の身体が震えている事に気が付いた。 「嫌だ…海の中は…息が出来なくて寒くて怖い…。助けて…」 大きな身体で千尋に縋りついて震える姿はまるで小さな子供の様な姿に見えた。 (もしかして渚君…昔海で何か怖い体験でもしたの?) そこで渚を安心させるように千尋は渚の背中を撫でながら言った。 「大丈夫、渚君…。私が側に居るから、もう怖い思いさせないから…) 本当は強く締め付けられて息をするのも腕を動かすのもつらかったが、渚が安心するまで、そうしていた。 「本当に…?本当にもう大丈夫なの?」 不安げに問いかけて来る渚。 「うん、大丈夫。私が渚君が眠るまで側にいるから」 渚が徐々に落ち着きを取り戻し、腕の力も緩んだので千尋は渚から離れて、見つめながら言った。 「ありがと…」 そのまま渚は目を閉じると、すぐに安らかな寝息を立て始めた。 まだ心臓が驚きで、ドキドキ早鐘のように打っている。 「寝ぼけてたのかな…?でもあんな姿初めて見た…。渚君…海で一体何があったの?」 千尋は眠っている渚に問いかけるのであった—。
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