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3-3 渚の幼馴染
「あ…」
渚は咄嗟に身を翻して逃げようとした。しかし…。
「おい!待てよ!」
茶髪の若い男はあっという間に渚の腕を掴んで捕まえた。
「何で逃げようとするんだよ。半年以上も行方をくらましておいて。お前、俺が今までどれ位お前の事探し回ってたのか分かってるのか?携帯も繋がらない、アパートに行っても解約されていたし…」
「…」
渚は俯いたまま黙っている。茶髪の男はため息をつくと言った。
「おい、ちょっと顔かせよ」
そして渚の腕を掴んだまま歩き出した。
****
渚と茶髪の男はファミレスの椅子に向かい合って座っていた。冷えて生ぬるくなったコーヒーが2つテーブルに置かれている。
「…」
渚はテーブルの下で両手を握りしめて俯いていた。男は腕組みをして渚を睨みながら言った。
「おい、渚。何とか言えよ。さっきから黙ってばかりで。お前…もしかして俺の事忘れちまったのか?いや、そんなはずないよな?俺を見て逃げ出そうとしたんだから」
「…」
それでも渚は黙っている。
「う~ん。どうもさっきから変な感じがするんだよな?俺の知ってる以前のお前と今のお前、全く雰囲気が違って見えるんだが…。お前、渚に変装した偽物か?」
「偽物じゃ…ないよ」
ようやく渚は口を開いた。
「偽物じゃ無いって言うなら俺の名前言えるはずだ。俺の名前は?」
「橘…祐樹」
「俺の名前言えるなら、渚で間違いないかもな。だけどな!絶対お前おかしいぞ?そんなキャラじゃ無かっただろう?なんかビクビクしてるし…。本来のお前は喧嘩っ早くて血の気の多い男だったじゃないか。目つきだって凄く悪かったぞ?」
「実は僕は…一部記憶が無くなってしまったんだ。どうして記憶を無くしたのかも覚えてなくて」
振り絞るように渚は言った。
「はああ?僕だあ?!やめてくれよ!よりにもよってお前から僕なんて言葉を聞くと鳥肌が立って来る」
祐樹は両肩を押さえて震えた。
「ごめん…」
「だ~っか・らっ、そんな言葉遣いするんじゃねえっ!」
祐樹はドン!とテーブルを叩いた。
「もう、この話し方が身について今更変えられないよ…」
「あ~っ!もういい!大体お前記憶が欠けてるんだもんな。仕方が無いか」
祐樹はため息をついた。
「あれ?そういやお前、あの事件がきっかけで仕事辞めたんだよな?それで部屋も引き払ったのか?」
「う、うん。まあそんなところかな?」
「じゃあ、今は何処に住んでるんだよ?」
「知り合いの家に居候させてもらってるんだ」
「まあ、お前には知り合いが沢山いるものな?あんまり質は良くないけど。で?誰なんだ?俺の知ってる奴の家か?」
「祐樹の知らない人だよ。でも相手に迷惑かけられないから教えられない」
「ったく…。俺も同類の人間って言いたいのかよ…。言っとくけどな、お前やお前の仲間たちよりはずっと俺はまともな人間だからな?子供の頃からの付き合いだから関わってるんだ。そうじゃなかったら誰がお前の様なヤツに構ったりするもんか?だけどな、幼馴染としてこれでもすごく心配してるんだぞ?」
「…」
渚は祐樹の顔をじっと見た。
「お前、今スマホ持ってるのか?」
「う、うん…新しいスマホなら持ってるけど?」
「ちょっと貸せよ」
渚が祐樹にスマホを渡すと、何やら文字を打ち込んで返してきた。
「ほらよ。俺の連絡先入れておいたからいつでも連絡取れるようにしておけよ?勝手に着信拒否したらただじゃすまないからな?…それじゃ帰るか」
二人で店を出る時に祐樹が思い出したように言った。
「あれ?そう言えば…お前噂によると目が見えなくなったって聞いてたけど…あれは違ったのか?」
「そんなのただの噂だよ。だって普通に見えてるからね」
渚は曖昧に笑った。
「ふ~ん。まあ、いいか。俺はこれから仕事に行かなくちゃならないからもう行くぞ。ん?そう言えばお前今何の仕事してるんだ?」
「レストランで働いてるよ」
「へえ~。そういやお前、一応調理師免許持ってたっけな?まともに生きていきたいなら、今度こそ真面目に働けよ?じゃあな!」
祐樹は手を振ると走り去っていった。
その後ろ姿を見送っていた渚は、やがてポツリと言った。
「…参ったなあ。一番会いたくない人物に会ってしまうなんて…」
****
「お仕事お疲れ様、千尋!」
千尋が店を出ると笑顔で渚が待っていた。
「いつも迎えに来てくれなくても大丈夫なのに」
「駄目だよ、夜の一人歩きは危ないから。何より僕が心配で家で待ってなんかいられないよ」
渚は首をブンブン大袈裟に振って言った。
「それじゃ、帰ろう?」
そして千尋に手を差し出してくる。
「う・うん…」
千尋が手を伸ばすと渚は当然のようにしっかりと指を絡ませて握って来る。
「今夜はねえ、千尋が大好きなチーズフォンデュだよ。美味しそうなフランスパンも買って来たから。後、美味しそうな南瓜が売ってたからパンプキンスープも作ったんだ」
「うわあ、本当?楽しみ。あ、ところで渚君が買いたがってた家電は買えた?」
「それが、これだ!って言うのが見つからなくて結局何も買わないで帰って来ちゃったよ。今度は二人で一緒に見に行かない?なるべく千尋のお休みの日に僕も休みを取れるように調整するから」
「うん、そうだね。それもいいかも」
****
「ああ、美味しかったあ。ご馳走様」
千尋は満足げだ。
「片付けは僕がやるから千尋はお風呂入っておいでよ」
渚が食器を片付けながら言った。
「そんな、渚君が料理を作ってくれたんだから片付けは私がやるよ」
「いいから、いいから」
その時、突然渚のスマホが鳴った。
「?珍しいね。渚君のスマホが鳴るなんて」
「うん、そうだね」
渚は携帯をチラリと見たが電話に出ようとしない。若干顔が青ざめているようだ。
「出なくていいの?」
「うん。いいんだ。迷惑電話かもしれないし」
「それもそうだね」
「ほら、千尋はお風呂だよ」
渚はバスタオルとタオルを渡しながら言った。
「う・うん…。それじゃ入って来るね」
お湯に漬かりながら千尋は先ほどの渚の事を考えていた。
(何だかあの電話の後、様子がおかしかったようにみえたんだけどな…)
千尋が風呂に入っている間に再び渚の携帯が鳴った。電話の相手は祐樹だった。渚は千尋がまだ風呂から上がっていなので、携帯を取った。
「もしもし…」
電話口から祐樹の声が聞こえてきた。
「あ、渚!やっと電話に出たな?さっきは何で電話に出なかったんだよ?」
「電話がかかってた時、居候相手が側にいたからだよ」
「何だよ、別に構わないじゃないか。それ位…ん?待てよ。もしかして居候相手って女か?」
「…うん…」
「お前、まだ懲りてないのか?あんな目に遭ったって言うのに。まだあの女と別れてなかったのか?ったく…あんな女の一体どこがいいんだか俺には理解出来ないぜ」
「違う、全然別の人だよ」
「そうなのか?まあ俺が口出ししてもしょうがない話だけどな。付き合うならもっとまともな女を選べよ」
「彼女は祐樹が思っているような、そんな人じゃないよ」
「まあ、いいさ。ところでお前のメールアドレス聞くの忘れたから今から俺のアドレス教えるから必ずメールよこせよ。俺のアドレスは…」
「ふう」
ようやく渚は電話を切った。そこへ風呂から上がった渚の所へやってきた。
「ああ、千尋。お風呂あがったんだね」
「うん、ごめんね。先にお風呂入っちゃって。渚君もお風呂どうぞ?」
「そうだね。それじゃ入ってくるよ」
渚が風呂に入りに行くと、千尋は録画しておいたドラマを観るためにテレビをつけるとソファに座った。近くには渚の携帯が置いてある。その時、突然渚の携帯が鳴った。
「あれ、さっきも携帯なってたよね…?」
悪いとは思ったが着信の相手を見てみた。
「橘…祐樹?誰だろう?職場の人かな…?」
携帯電話はしつこく鳴り続けている。
(でも勝手の人の携帯電話に出るなんて絶対にやっては駄目な事だからね)
千尋はそう自分に言い聞かせ、そのままにしておいた。その後、何度も携帯は鳴り続けた。
(どうしよう…?もしかしたら急ぎの用なのかなあ?渚君に知らせて来た方がいいかな?でもお風呂に入ってるし)
その時、渚が風呂から上がってきた。
「あ!渚君。さっきからずっと何回も携帯に同じ人から着歴があるんだけど」
「え…?また?」
「またって…一番初めにかかってきた電話も同じ人なの?」
「うううん違うよ。でも千尋がお風呂に入ってるときに彼から電話かかってきたから話はしたよ」
「またかかってくるかもしれないから、渚君から電話してみたら?」
「いや、大丈夫だよ。大した用事じゃないと思うから」
「でも…」
その時、また携帯が鳴った。
「…」
渚は携帯に出ようとしない。
「渚君?出たほうがいいと思うけど?」
渚は観念したように携帯を取った。
「もしもし…」」
「おい!渚!何でメールしてこないんだよ?俺言ったよな?メールよこせって」
電話口から大きな声が聞こえて来た。
「ごめん。ちょっと手が離せなくて…」
「いいから!すぐにメールよこせよ?!じゃあな」
電話を切ると渚はため息をついた。
「ねえ…渚君。今の人…渚君とどういう関係の人?ごめんね。声が大きくて全部会話の内容が聞こえてきちゃって。何だかすごく怒ってたみたいだから、何か今日あったの?」
千尋は遠慮がちに尋ねた
「ううん…。今の電話の相手は昔からの僕の知り合いなんだ。今日偶然外出先で再会して連絡先を交換したんだけどね。メールアドレス教えて貰ったのに僕が連絡入れないから電話かけてきたんだよ」
「そうだったの?渚君の友達だったんだね。何だか怒っているように感じたからちょっとだけ心配になったんだけど」
「大丈夫、千尋が心配するような事は何もないからさ。気にしなくていいよ」
渚は少し寂しげに笑いながら言った。
その様子を見た千尋に、何故か一抹の不安がよぎるのであった—。
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