110人が本棚に入れています
本棚に追加
ヤマトの章 —6 僕が今、願う事
僕は頭の中で間宮渚の記憶を引っ張り出してみる。彼―橘祐樹は強引に僕をファミレスに連れて来た。こんな所で渚の知り合いに会うなんて全く僕はついてない。何故なら渚の知り合いたちに会う事によって目覚めの時は早まってしまうのでは無いかという恐れが僕の中であったからだ。何とか適当な言い訳をして見逃してもらう事は出来ないかな…。
橘祐樹は僕を睨み付けながら言った。
「おい、渚。何とか言えよ。さっきから黙ってばかりで。お前…もしかして俺の事忘れちまったのか?いや、そんなはずないよな?俺を見て逃げ出そうとしたんだから」
僕は何と答えたら良いか分からない。だって本当の事なんて言えるはず無いし、何より信じて貰えるとも思わない。今目の前にいる僕は偽物の渚で、本物の間宮渚は病院で眠り続けているなんて。
「う~ん。どうもさっきから変な感じがするんだよな?俺の知ってる以前のお前と今のお前、全く雰囲気が違って見えるんだが…。お前、渚に変装した偽物か?」
確証を付いて来る質問に僕はドキリとした。そうだった。彼は昔から妙に頭が切れて勘も鋭かった。
「偽物じゃ…ないよ…」
それだけ言うのが必死だった。だけど完全に怪しまれている。祐樹は僕のキャラが変わったと疑わない。確かにこんな口調、本物の渚なら使う訳無いけど、中身は僕。今更話し方を変えるなんて出来っこない。
延々と質問攻めにあった。ようやく解放されるかと思ったら祐樹は僕の携帯を取り上げ、勝手に自分の連絡先を登録して返してきた。本当に勘弁してほしいと思う。だって祐樹に会う事によって何らかの刺激で渚の目が覚めてしまう危険性が大いにあるのだから。自分の我がままで勝手な言い分だって事は良く理解してる。けど、後少し、後少しだけ…千尋と一緒にいたい。だって何百年もかけてようやく再会できたのだから。
…恐れていた通り、早速その日の夜に祐樹から電話が鳴った。千尋は出なくていいのかと尋ねて来たけど、僕は迷惑電話かもと言ってごまかした。けれど、結局何度も何度もしつこく祐樹が連絡を入れて来るので、やむを得ず電話に出ると開口一番、祐樹の怒鳴り声が聞こえて来た。…その会話は千尋の耳にも届いてしまったみたい。電話の相手が酷く怒っているようだと千尋は心配していたけど、僕は気にしないように千尋に言った。でもすごく不安げな顔をしている。ごめん、千尋…。
その後も間髪入れずにすぐに祐樹からまた連絡が入った。待ち合わせの場所は国立公園。勝手に時間まで指定されてしまった。どうして彼は僕を放っておいてくれないのだろう?だって半年以上も渚とは音信不通だったはずなのに。
千尋に嘘を言って祐樹に会いに行く。この状況を何とかしなければ。でも何も良い考えが浮かばない。祐樹より早く待ち合わせ場所に着いた僕は時計台のベンチに座って対策を考える。その時、祐樹がやってきた。
「よお、渚。悪い、待ったか?」
「いや、僕もついさっき来た所だから大丈夫だよ」
そう言いながら僕の顔は引きつってしまう。
「それより、僕に話って何?わざわざこんな場所まで呼び出して…そんなに大事な話なの?」
一応僕は祐樹に質問してみた。
「いやあ…ただ俺はもう一度、どうしてもお前とじっくり話をしたかったから呼び出しただけさ」
のんびりした言い方に流石に呆れてしまった。
「そんな話の為に僕を呼び出したの?だったら帰るよ」
たったそれだけの理由で僕をここまで来させるなんて、もうこれ以上は付き合い切れない。そう思った僕は立ち上がろうとしたが祐樹に引き留められた。
そして祐樹は何故か、渚が以前付き合っていた女性に通帳とカード全て奪われたと言う話を始めた。確かに僕の記憶の中にそれはある。でもそれが一体何だと言うのだろう?僕が黙っていると祐樹が続けた。
「あれ?もしかしてお前、この件…ひょっとして覚えていないのか?もしかして記憶が欠けたのはこれが原因だったのか?」
まさか、そんな訳無いじゃないか。だけど、何といえばいいのだろう。その時、僕の目に散歩中の犬が目に入り、思わず可愛い犬だと呟いてしまった。途端に顔色を変える祐樹。
「お前、やっぱり渚じゃないな?!誰なんだ!」
しまった!渚は犬が大嫌いだったんだ。これだから複数の記憶を持つっていう事は厄介だと改めて思う。疑惑の目を向けられ、僕は祐樹に胸倉を掴まれ、拳を振り上げられた。殴られる!そう思った瞬間、意外な掛け声を聞いた。
「待てよ!!」
そこにいたのは里中さんだった—。
…どうしてこうなってしまったんだろう。僕ら3人は国立公園にあるカフェに向かい合って座っている。お互い皆無言だ。このまま黙っているのも不自然なので僕は口火を切った。
「ところで、里中さん。どうして今日はここにいたんですか?」
急に話を振られた里中さんは明らかに動揺している。…ひょっとして僕の後を付けて来ていたのかな?
「お、俺はサボテンを買いに来たんだ!ほら、あそこにもポスターが貼ってあるだろう?」
必死で言い訳してるのが傍目からも良く分かった。でも僕の為に自分の立場を考えずに飛び出してくれた里中さんに心の中で僕は感謝した。だから僕も白々しい嘘に乗る。
「へえ~里中さん、サボテンが好きだったんだ。ちっとも知らなかったよ」
けれど祐樹は疑いの目をして里中さんを見ている。そして僕らの関係について質問して来た。僕の代わりにそれらを全て説明してくれたのは里中さんだ。彼は上手に話をまとめてくれると今度は祐樹に質問を投げ返してきた。
「俺も聞きたい事がある。何でさっき間宮に掴みかかってたんだ?何かこいつがお前を怒らせるような事でもしたのか?俺から言うのも何だが、間宮は人の恨みを買うような奴じゃないぜ?」
里中さん…僕をそういう目で見てくれてたんだね。やっぱり彼はいい人だ。
それでも祐樹は食い下がらない。渚の蛮行卑劣な今迄の行いを里中さんに洗いざらい話してしまった。その話を聞かされた里中さんは信じられないという目つきで僕を見る。実際に恥ずべき行いをしてきたのは病院にいる渚だけど、僕自身が責められてるようで辛かった。
結局最後まで祐樹は僕を偽物だと信じて疑わず、話は平行線で終わってしまった。最後に祐樹は僕と里中さんに名刺を渡して、今度店に飲みに来いと誘って来た。でも悪いけど行く気は僕には全く無い。お酒なんか飲んだりしたらどこでボロが出るか分かったものじゃないし、何より千尋を夜一人きりになんかしておけるわけ無いじゃないか。でも里中さんは行く気満々だ。お酒好きそうだものね。
店を出る祐樹を見送ると僕は里中さんと二人きりになった。これからどうする?と里中さんに尋ねられたけど、行先は決まっている。里中さんには何処かで時間をつぶして帰ると言って店を出る。祐樹と会った事で病院で眠っている渚に何か変化が無いか?それだけが気がかりだった。
電車とバスを乗り継ぎ、国立病院へ向かう。バスの中、僕は不安でたまらなかった。今、ここで僕が消えてしまうような事がおきませんように…。
病棟に向かう前に僕は帽子とマフラーで顔を隠す。辺りに人が居ない事を確認すると5階の階のボタンを押す。そしてドアが開くと素早く中に乗り込む…そして気が付いた。
—あそこにいたのは里中さんでは無いのか…?もしかすると後を付けられていたのかもしれない。彼には感謝しているけど、僕の秘密を知られる訳にはいかなかった。5階で止まるエレベーター。僕は降りると病室には行かずに非常階段を使って病院の外へと逃げた。どうか里中さんに気が付かれませんように…。
それだけを祈りながら僕は彼が病院から出てくるまで駐車場の陰に身を隠して見守っていた。それから約30分も経った頃…ようやく里中さんが病院の正面玄関に姿を現した。心なしか足元がおぼつかない気がする。まさか渚が入院している部屋を見つけてしまったのだろうか?すごく気にはなったけど、僕が今すべき事は病室に行って渚の様子を見てくる事。
僕は再び病室へと向かった—。
結局渚はいつもと変わらず眠り続けていたので僕は安心して部屋を出ようとした時…右手首がギリギリと痛み出して、スーッっと消えかけていく。まただ、いつもの発作が起こった。僕は必死で痛みに耐えながら渚の方を振り向く。その時僕ははっきりこの目で見た。
「!」
僕の右腕が消えるのと比例するように渚の右腕がピクリと動いているのである。そうか、やっぱりそうだったのか。
僕は納得した。僕の体の一部が損なわれると、その部分機能が渚に戻る。もう本当に時間が無い—。僕は本能で感じた。
最近、職場でも腕が突然消えてしまう現象が度々起こり始め、僕を悩ませる。この現象は突然起こるので、時にはお客に出す大事なメニューを落として駄目にしてしまったり、食器やグラスを割ってしまう事だってあった。流石に周りに人達も僕の様子が気になり始めたようで、体調が悪いのではないかと逆に心配されるようになってきた。挙句に両腕の調子が悪いならリハビリを受ければいいなんて言われたけど、仮にマッサージの最中に僕の腕が消えたりしたら周りは大騒ぎになり、大変な事態になりそうだからそこは丁寧にお断りさせてもらった。
一方里中さんはと言うと、あの時病室で眠っている渚を見られてしまったと思っていたけれども彼の口からは何も言われることは無かった。良かった、見られてなかったのかも。僕は密かに安堵した。
今日は2月14日バレンタインデー。
僕は千尋からとっておきのプレゼントを貰う事になったんだ。
それは手編みの手袋だった。嬉しい、去年のクリスマスイブの日と合わせて2つも千尋からの手作りプレゼントを貰えるなんて。僕がこの世を去ってしまう時、どうか千尋の手作りのマフラーと手袋だけは一緒に持っていけますように…。
そう僕は願わずにはいられなかった―。
最初のコメントを投稿しよう!