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間宮渚 —3 対面
「すっげー!!やった!!俺の目が見えるぞ!!」
渚は自分の目がすっかり見えるようになって喜んでいる。
そして千尋を見ると言った。
「で?あんた誰だっけ?」
渚はベッドの上で胡坐をかき、祐樹が連れて来た千尋を見ている。美人な女だけど、地味だし生憎俺の好みのタイプじゃないなと渚は思った。
「あの、私は青山千尋と言います」
千尋はペコリと頭を下げた。
「ふ~ん…。青山千尋ねえ…。何処かで会った事あるか?全然覚えてないんだけど」
「おい、いい加減にしろ渚。お前さっきから態度悪すぎだぞ」
祐樹が渚をたしなめる。
「ふん、身元保証人だからって保護者面するなよ祐樹。大体なあ」
渚は千尋を指さすと言った。
「俺が眠り続けていた間に俺の中に別の奴が入り込んで、身体が2つに分かれて?俺の偽物がずっとあんたの家にお世話になってました、てそんなSFみたいな話を信じられると思ってるのか?もっと嘘つくならまともな嘘つけよ」
「そ、そうですよね?そんな話、普通誰も信じませんよね?」
千尋はおどおどしながら言った。
「あったりまえだっつーの、大体何しに来たんだよ。あんた」
「渚!お前って奴は!」
祐樹は渚の胸倉を掴んだ。
「ちゃんと彼女の話聞いてるのか?俺だって本当はお前みたいな奴とは引き合わせたくなんか無かったよ!でもな、現にお前は別人格として現れて、彼女と一緒に暮らしてたんだ!最も、あいつはもういない。だからお前の目が覚めたんだ。俺が彼女をここに連れて来たのは、もう一人のお前の事を何もかも忘れてしまったから、お前に会わせれば記憶が戻るんじゃないかと思って連れて来たんだぞ!」
「へえ~お前がそこまでやるとはねえ。さてはそこの女に惚れたのか?何せお前好みのタイプだもんな?」
渚はからかうように言った。
「なっ…!お前何てこと言うんだ!」
「いい加減にして下さい!」
そこへ看護師がやってきた。
「ここは病室です。他の入院患者さんたちの迷惑になります。すぐに退院手続きをしてこの部屋から出て行って下さい!喧嘩ならよそでやって下さいよ!」
言うと看護師は部屋を出て行った。
「しゃーねーな。それじゃ出て行きますか」
渚は荷物を持つと千尋と祐樹の方を向いて言った。
「何してんだお前ら?さっさとこんな所出て行くぞ」
「ごめん。悪かったな、嫌な思いさせて」
****
祐樹は病院のベンチに座っている渚の方をチラリと横目で見ると千尋に言った。
「いいの、こっちこそごめんなさい。病院まで付いてきてしまって。でもあの人は私の事が気に入らないみたいだから、もう帰るね」
「それで…渚に会って何か思い出したか?」
「うううん、別に何も。やっぱりあの人と私が一緒に過ごした渚って人は外見が同じだけで中身は全然違う人だったみたいだね。だって実際に会ってみても、何一つ思い出せなかったんだもの」
「そっか、無駄足になってしまったな」
「そんな事気にしないで。だってどうしても確認したいと思ってここへ来るのを決めたのは私自身なんだから」
「おーい!いつまで待たせるんだ!こっちは病み上がりなんだぞ!」
ベンチに座ったままの渚がこちらを向いて大声で抗議している。
「チッ!渚の奴め…」
祐樹は軽く舌打ちした。
「私の事は構わずにあの人の所へ行ってあげて」
「ああ、それじゃ何か困った事とかあったら俺に連絡入れろよ?それに折角なんだから店にも飲みに来いよ。待ってるから」
「うん、ありがと。その内にね」
「ああ、またな!」
祐樹は踵を返すと渚の元へと走って行った。
それを見届けた千尋も駅に向かって歩き出して行った…。
****
渚は祐樹の賃貸マンションへとやってきた。1Kのロフト付きマンションである。
「へえ~、ここがお前が住んでるマンションか。中々いい部屋じゃないか」
渚は祐樹の机の上に乗っているテキストをパラパラとめくって言った。
「おい、勝手に触るなよ?そのテキストは俺のバイト先で配布されている講師用のテキストなんだから」
祐樹は部屋を片付けながら言った。
「へいへい」
渚はバサッとテキストを机の上の放り投げるとロータイプのソファに寝そべった。
「全く…これから暫く俺の部屋に居候する身なんだからお前も少しは部屋の片づけ位手伝えよ」
「生憎、俺は何か月も寝たきりだった病み上がりでね」
渚は祐樹に背を向けて言った。
「その割には元気じゃないか」
祐樹は不服そうに言った。
「まあ、言われてみればそうなんだけどな」
その辺りは渚にとっても謎である。何か月も寝たきり状態だったにも関わらず、健康的で、骨や筋肉等の衰えも全く見られなかったらしい。
(やっぱり、俺の身体を乗っ取った奴のお陰か?こうして目が見えるようになったのも…)
「お前、これからどうするんだ?仕事だってクビになってるわけだし。もしよければ俺が夜働いているバーでバイトするか?お前バーテンの仕事だってやってた訳だし」
「そのうちな。考えとくよ」
渚は欠伸をしながら言った。
「悪い、今から少し寝かせて貰うわ。何か異様なほどさっきから眠くてさ…」
「何か月も寝たきりだったお前が眠いって言うのか?おかしな話だな」
祐樹は苦笑しながら言ったが、渚からは返事が無い。
「お、おい…まさかもう寝たのか?いくら何でも早過ぎないか?」
けれどもその声は渚に届く事は無かった…。
****
そこは暗闇の世界だった—。
渚は闇の中をあてもなく歩いている。
ここは何処だ…?
やがて渚は眼前にぼんや人影を見付けた。渚はその人物に近づいてみる。
「…?」
その人物は見たこともない若い男だった。何も見えない真っ暗な場所に座り込んでいる。およそ表情というものは全く無く、まるで魂が無いマネキン人形のようだ。それが不気味さを醸し出している。渚の記憶には全く無い若い男だった。
「お前、一体誰だ?」
話しかけても反応は無い。男はある一点をじっと見つめている。
(何を見てるんだ?)
渚も男の視線の先を追う。
よく目を凝らしてみるとぼんやりと光っている中に、千尋の姿が写っている。
「あれは…さっき病院で会った女?確か名前は…」
「千…尋…」
突然男が口を開いた。
「うわ!何だよ!お前、しゃべれるのか?急に口を開くなよ!」
けれど男は無反応だ。ただほの明るい光の中に写り込んでいる千尋をじっと見つめるだけ。
「お前…もしかしてずっと俺の中にいた男か?まだ俺の中に居座ってたのか?言っとくけどな、もう俺は二度とお前にこの身体を渡すつもりはないからな?大人しく消え失せてしまえ」
それでも男は身動き一つしない。
「チッ…。だんまりかよ」
渚は舌打ちした。それにしても、と渚は思った。ここは確かに自分の夢の中だとの自覚はある。けれどもこの後自分はどうすれば良いのか全く見当がつかない。仕方が無いので多少不気味ではあったが、男の近くに渚も座り、千尋の様子を見るしかなかった。
「ふうん…あの女、あんな広い家なのに一人暮らししてるみたいだな?俺と同じで家族はいないのか?」
渚は千尋が一人で食事をしている姿を見ながら呟いた。
「孤独…か…」
渚は隣にいる男をチラリと見ると無駄だと知りつつも話しかけてみた。
「おいお前。あの千尋って女が気になってまだ俺の中に残ってるのか?ほっといてもな、人間は置かれた状況に慣れていくもんなんだ。大体お前に出来る事なんてもう何も無いんだよ。だからさっさと俺の中から消えてしまえ」
その時である。誰かに強い力で後ろから肩を掴まれた。
「!」
驚いて顔を上げると、目の前には祐樹の顔があり渚を覗き込んでいた。
「な・何だよ!驚かすなよ!」
バクバクいう心臓を押さえながら渚は抗議した。
「何言ってるんだよ。何回呼んでもちっともお前が目を覚まさないからだろう?俺は今からバイト行って来るからな。お前、これから俺の世話になるんだから何か晩飯作っておけよ?冷蔵庫の中の食材勝手に使っていいからさ」
祐樹は上着を着ながら言った。
「ったく、分かったよ。何か作ればいいんだろう?」
渚は欠伸をしながら言った。
「ああ、じゃあな」
渚は祐樹が出て行くと呟いた。
「う…ん。何か夢を見ていた気がするんだけどな…?ちっとも思いだせやしないぜ」
でも何か大事な夢だった気がする。思い出せないのがもどかしく感じた。
「ま、いいか。それより何か飯作らないとな」
渚は台所へ行き、冷蔵庫を開けた…。
22時—
祐樹が塾講師のバイトから帰宅した。
「お?何かいい匂いするな?」
部屋に入るなり祐樹が言った。
「おう、お疲れ。塾の講師って結構帰って来るの遅いんだな」
渚がテレビを観ながら言った。
「まあな。で、何作ったんだ?」
「お前なあー。冷蔵庫にある食材で作れって言ったけど、ろくなもの無かったぞ。取りあえず野菜とベーコンがあったから、チーズを加えた鍋を作ってやったぜ」
渚は鍋の蓋を空けて言った。
「お前はもう食ったのか?」
「いや。悪いからお前が帰って来るの待ってた」
言うと渚はテーブルに鍋と食器を運んできた。
「じゃ、食うか」
「へえ~。お前、何か少し変わったな」
祐樹が料理を前に意外そうに言った。
「何がだよ?」
「以前のお前なら他人の事なんかお構いなしだったのにな。ひょっとしてもう一人の渚のお陰だったりして。うん、美味いなー」
祐樹は鍋をつつきながら言った。
その言葉に渚は何か引っかかった。
「…おい、俺が眠ったままだった時にお前が会った渚ってどんな奴だったんだ?」
「うん?気になるのか?まあ、まるきり真逆のタイプだったな。初めてお前の姿をしたアイツと会った時はあまりにも人格が今のお前と違っていたから鳥肌が立ったくらいだぜ。何せ、自分の事を僕って言ってたしな」
「ぐ…俺の身体でなんて勝手な事してくれてたんだ…」
それから次々と祐樹に話を聞かされて渚は悶絶するのだった―。
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