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1-5 青い薔薇の指す意味は
「ええーっ!この青い薔薇、届け先は千尋ちゃんだったの?!一体、何本あるんですか?」
渡辺は心底驚いたように言った。
「それが・・・365本あるのよ」
中島の言葉に
「「365本?!」」
二人は同時に声を挙げた。
「誰なんですか?送り主は?」
千尋は慌てて中島に尋ねた。
「<永久野 仁>って言うんだけど…。注文を受けた時におよその金額を言ったら、すぐに店の口座にお金が全額振り込まれてきたのよ」
「うわっ!怪しい。それに<とわのひとし?>千尋ちゃん、知ってる相手?」
渡辺の問いかけに
「いいえ、そんな人知りません」
千尋は頭を振った。
「何か不気味よね…。青山さん、この薔薇どうする?」
中島は不安げにしている千尋に声をかけた。
「あの…すみませんが、何だか怖くて受け取りたくありません。すみませんがこちらの店に置いておいて頂けますか?」
「ええ、うちの店はちっとも構わないわよ」
「ねえ、千尋ちゃん。顔が真っ青よ。お店の奥で少し休んでいたら?」
渡辺は千尋の顔が青ざめているのに気が付いた。
「はい…すみません…。」
千尋は返事をしてノロノロと休憩室の椅子に座ると深いため息をついた。
(一体誰があんなに大量な薔薇を?名前だって全然思い当たらないし…気味が悪い…)
そこへヤマトが千尋の元へやってきて、足元に座り千尋を見上げた。
「ヤマト…。」
千尋はヤマトの首に腕を回して、しっかりと抱きしめた。
「そうだよね、私にはヤマトがついてるもの。ヤマト…私に何かあったら守ってね」
目を閉じて千尋はヤマトに囁いた。
まるで人の言葉が分かってるかのようにヤマトはうなずいた。
夕方6時、今日は千尋の早番の日である。
中島はお客の対応をしているので、切り花を仕分けしている渡辺に声をかけた。
「お疲れさまでした。店長によろしく伝えておいてください」
「お疲れ様、千尋ちゃん。ねえ、一人で大丈夫?」
渡辺は心配そうにしている。
「大丈夫です。私にはヤマトがいますから」
千尋はリードに繋がれたヤマトを見下ろした。
「そうならいいけど…?あ、そうだ!ちょっと待ってね!」
渡辺は小走りで店の奥に戻るとすぐに戻ってきた。
「はい、これ。肉じゃが作ったから、持って行って家で食べて」
紙袋を手渡してきた。
「タッパだけ、持って来てね」
渡辺は片目をつぶって言った。
「いつもありがとうございます!今度私も何か持ってきますね」
「いいのいいの、気持ちだけで。それじゃ気を付けて帰ってね」
「はい」
紙袋を受け取り、千尋はヤマトを連れて店を後にした。
「…。」
いつもの慣れた商店街を通って帰っているのに、何故か視線を感じる。
「?」
立ち止まって辺りを見渡しても千尋を見つめているような人物は見当たらない。
「気のせい…だよね?」
それでも何となく怖くなった千尋の足取りは自然と早歩きになってきた。ドクンドクン。心臓は早鐘を打ったようになっている。
(早く家に帰りたい!)
絡み付いて来るような視線を振り切るように、千尋は必死で歩いた。ようやく家が見えてきた時にはいつの間にか走っていた。カバンから家の鍵を探し、震える手で鍵穴に差し込んでドアを開けるとすぐに鍵をかけて、玄関にへたり込んでしまった。
「や・やっと…着いた…。」
荒い息を吐きながら千尋は玄関の除き穴から外の様子を伺ったが、誰もいない。いつもなら徒歩15分の距離なのに、今日はとても長く感じられた。
「怖かった…」
胸に手を当て必死に震えを押さえた千尋をヤマトは心配そうに見上げている。やがて、フーッと息を吐くと靴を脱ぎ、家の中に入った。慎重に外の様子を伺いながら家中の雨戸をぴっちり締め、鍵をかける。いつもよりも念入りに千尋は戸締りをした。
全ての部屋に鍵をかけると、少し安心感が芽生えたので部屋に上がり洗面台で手を洗い鏡を見た。そこには青ざめた顔いろの自分が映っている。
「うわ…顔色悪い。今夜は栄養つけなくちゃ」
千尋はヤマトに声をかけた。
「ヤマトもお腹すいたでしょ?今御飯あげるね」
ドッグフードを容器に移し、水を置いたがヤマトは食べようとしない。じ~っと千尋を見つめている。
「アハハ…私が食べるか心配してるの?大丈夫、ちゃんと食べるからヤマトも食べて」
その言葉を聞くと安心したかのようにヤマトは餌を食べ始めた。
千尋はヤマトが餌を食べるのを見届けてから、自分の夕食の準備に取り掛かった。
「は~本当は今日スーパーで買い物して帰りたかったんだけどな…。でも渡辺さんから肉じゃがもらったから、お味噌汁とサラダでも作ろうかな?」
ブロッコリーを茹でて、洗ったレタスをちぎりプチトマトを添える。賽の目に切った豆腐とナメコの味噌汁を作り、貰った肉じゃがは耐熱容器に入れ替えてレンジで温める。
後は作り置きしておいた冷凍焼きおにぎりを解凍して今夜の食事が完成した。
時計を見ると19時を過ぎている。
「いただきます」
手を合わせて貰い物の肉じゃがを口に運んでみる。
「美味しい!」
渡辺の作った肉じゃがは甘みが少し強い味付けで、ほっこりとしたジャガイモによく味が馴染んでいた。
「流石、渡辺さん。今度作り方教えて貰おうかな?」
食事を終えると千尋は明日の朝食とお弁当の準備を始めた。お味噌汁用に青菜をざく切りにしてポリ袋に入れ、アスパラをベーコンで巻き、つまようじで差したものを数本用意する。
(後はさっきのブロッコリーの残りに卵でも焼けばいいかな?)
「渡辺さんにはしょっちゅうおかずを貰ってるから、たまには私から何か差し入れしてあげたいな。あ!そうだ。クッキーでも焼いて持っていこう!」
千尋の趣味の一つにお菓子作りがある。祖父が健在だった頃はよくケーキを焼き、二人で仲良く食べていた。冷凍庫の中には作り置きしていたクッキー生地が入っている。
それをレンジで解凍し、型で抜いてオーブンで約10分。
「うん、中々上手に焼けたみたい。何か入れ物あったかな…?確か台所の天袋に入れ物が入ってたっけ」
手を伸ばすが、千尋の小さな背では到底届かない。
「…お爺ちゃんならこんなのすぐに取れるのに」
仕方が無いので椅子を運んで、その上に乗り天袋の中を覗き込む。見ると中に口の広い大きなガラス瓶があった。
「あった!これに入れよう!」
慎重に取り出すと、千尋はゆっくりと椅子から降りるとガラス瓶を熱湯消毒し、綺麗に拭いた後、荒熱の取れたクッキーを入れて片付けを始めた。食器洗いを終えた後、お風呂を沸かしてのんびりと入る。1日の内で千尋の至福の時である。ゆっくりとお湯につかると千尋は目を閉じた。
(やっぱりお風呂は最高。嫌なこと忘れて今夜は早く寝よ)
風呂から上がると居間でヤマトが既に眠っている。千尋は冷蔵庫から缶チューハイを持ってくるとソファに座り、録画しておいたドラマを見ながらお酒を飲んだ。このドラマは記憶喪失になってしまった恋人を一途に思い続ける女性が主人公の物語である。普段は恋愛ドラマは殆ど観ない千尋であったが、世間で話題になっているので試しに観てみるとこれが涙あり、サスペンスありと中々見どころがあり、いつの間にか録画までして観るようになっていた。
「う~ん。まさか恋人の昔の彼女が出てくる展開になるとは思わなかったな…。面白い展開になってきたみたい。」
欠伸を噛み殺しながら空になったチューハイを空き缶入れに入れ、居間の電気を消すと、自分の部屋に移動して携帯を開いた。
「あ、店長と渡辺さんだ」
二人からいずれも千尋を心配する内容のメッセージが届いていた。一応、報告として帰りに後を付けられていた気配を感じた事を書いて二人にメッセージを送ると、部屋の電気を消して千尋は眠りに着いたのである。
ピピピピピ…目覚ましの音で千尋は目を覚ました。ベッドの側にはいつの間にかヤマトがうずくまって眠っている。
「う~ん…」
軽く伸びをすると着替えをし、雨戸を開けて太陽の光を取り込む。
朝食とお弁当の準備をしているとヤマトが起きて来た。
「おはようヤマト。御飯もう少し待っててね」
手早くお弁当を詰め終え、ヤマトに餌と水を与えるとヤマトは夢中になって食べ始める。それを見届けると千尋も朝食を口に運んだ。
祖父が亡くなってから、千尋は新聞を取るのをやめた。TV番組やニュースはネットやTVで知る事が出来るので特に必要性を感じなかったからである。たまにダイレクトメールや広告が郵便受けに入っている事もあるが、それらは中身を確認しないで処分してしまっている。
ところが今朝は勝手が違っていた。
家の戸締りをして仕事に向かおうと玄関を開けた時である。門に設置してある郵便受けから白い紙が覗いている。取り出してみると、それは白い封筒だった。
それを手にした途端、直感的に恐怖を感じ、ゾワッと身体が総毛立った。辺りをキョロキョロ見回しても人の気配は感じられない。すぐに封筒をカバンにしまい、玄関に鍵をかけるとヤマトを連れて千尋は急いで走り出した。
(早く、人通りの多い通りまで出なくちゃ!)
ハアハア息を切らしながら走り続け、いつの間にかヤマトに引っ張られて走る形となっていた。
ようやく商店街へたどり着いた千尋は辺りを警戒しながら職場へと向かった。幸い、今日は遅番の日だったので中島が先に出勤していた。
中島は千尋の顔を見るなり
「どうしたの?!青山さん!そんなに息を切らしながら出勤してくるなんて。まだ時間に余裕があるのに。」
「店長…実は今朝家のポストに手紙が入っていたのですが、何だか怖くて中を観る事が出来なくて。でも捨てるのも怖くて持って来てしまったんです」
「いいわ、それなら私が手紙を開けてあげる。貸してくれる?」
「…どうぞ。」
中島は手紙に鋏を入れて、中身を取り出した。
「…」
黙り込んでしまった中島が心配になり、千尋は恐る恐る尋ねた。
「あの…手紙には何と書いてあったんですか?」
「<青い薔薇の花ことばと、送った本数の意味を考えて>と書いてあるわ」
「やっぱり…昨日の薔薇の送り主なんですね?店長は花言葉と本数の意味、分かるんですよね?」
中島の顔色が青ざめているのに勘づいた千尋は恐る恐る尋ねた。
「言いにくいのだけど…365本の花束の意味は<あなたが毎日恋しい>、そして青い薔薇の意味はポジティブに捉えれば、<夢叶う>や<奇跡>でもネガティブに捉えると<不可能>、それ以外に<永遠>や<一目惚れ>等色々あるわね」
千尋はこれらのキーワードを頭の中で反復した。
(相手は私の家を知っている。まさか私を永遠に逃がさないと言う事なの?一体誰が?)
平和な生活が足元から崩れ去っていくように千尋は感じたのであった。
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