1-6 侵入者

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1-6 侵入者

「…どうしよう?警察に相談する?」 渡辺が千尋に言った。 「でも直接的な被害が出ない限り、警察は動いてくれないんじゃないの?まだ今の段階ではストーカーと判断してくれるかしら?」 渡辺の言葉に中島は難色を示した。 渡辺が出勤し、店内の客が引けた後3人で話し合いの場を設けたのである。そんな2人のやりとりを千尋は黙って聞いている。その時、業務用の中島の携帯がメッセージを着信した。中島はメッセージを開いてアッと口を押えた。 「店長?どうしたんですか?」 千尋はすぐに中島に尋ねると 「青山さん…。これ見てくれる?」 携帯を受け取り、メッセージを読む。 「!!」 千尋に戦慄が走った。 <どうして、お店に青い薔薇が飾ってあるんだい?あの薔薇は君へのプレゼントなのに> 「何?!一体何が書いてあったの?!」 渡辺は千尋から携帯を奪うように取り、一瞬で顔色を変えて言った。 「…青い薔薇の送り主はここの店に来てるのかも…」 「それじゃ、電気かけていきますね~」 里中は患者の身体に毛布をかけるとカーテンを閉めてマッサージ器の装置を作動させた。 「フワ~ッ」 もう何度目かの欠伸を噛み殺していると、丁度隣で同様に装置を動かしていた同僚の男から声をかけられた。 「おい、何だよ。今日のお前、随分眠そうにしてるじゃないか?」 「いや~実は昨日家に帰った後、夜中まで何度も非通知で電話がかかってきたんですよ。しかも電話に出れば無言だし、出なければなりっぱなしで。結局最後は相手にしてられないんで、携帯の電源を切ったんですけどね。もう訳が分からないっすよ」 「何だよ、誰かに恨みでも買ったか?」 「何言ってるんすか。俺は品行方正な勤労者ですよ、ちゃんと税金だって納めてるし…」 「いや、それとはちょっと違うと思うぞ?でもそんなに眠いなら入り口の自販機でコーヒーでも買ってきたらどうだ?」 「ふわ~い」 幸い、小銭はユニフォームのポケットに入れてある。里中はリハビリステーションの入り口にある自販機に向かうと、丁度商品の入れ替えをしている所だった。 「あ、すみません。もう少しで補充終わりますから。あれ?里中じゃないか」 オペレーターの男性が顔を上げて言った。 「あ、今日は長井の巡回日だったんだ」 「ああ、でも昨日も来てたけどな。ただ違う場所で補充してたんだ」 長井と呼ばれた男と里中はこの場所で知り合った。何度か顔を合わすうちに意気投合し、いつしか飲み友達となっていたのである。 「悪い、缶コーヒー貰えるか?」 里中は小銭を突き出した。 「え?いいのか?まだ温かくないぞ?」 小銭を受け取りながら長井は尋ねたが 「いいんだよ、熱いと一気飲み出来ないだろ?」 そこでまた欠伸をした。 「随分眠そうだな。何かあったか?」 「う~ん…今度話すよ。また飲みに行こうぜ」 里中はその場でコーヒーを開けると一気に飲み干したのである。 この日、千尋は手紙の事が気がかりで仕事に集中する事が出来なかった。来店する男性客は愚か、出入りの業者の男性まで全てが青い薔薇の送り主ではないかと思うと、どうしても対応がぎこちなくなってしまう。そんな千尋の様子を中島と渡辺は心配そうに見ている。  午後6時、渡辺と早番の中島の勤務終了時間である。 「ごめんね。千尋ちゃんを残して帰るの心配なんだけど、これから町内会の会議があるから参加しなくちゃいけないのよ」 渡辺は申し訳なさそうに言った。 「そんな、私個人の問題で渡辺さんにご迷惑かける訳にはいきませんから。あ、そうだ」 千尋は思いついたように急いでロッカールームに行くと紙の手提げ袋を持ってすぐに戻ると中身を見せながら言った。 「これ、昨日お借りしたタッパと私が焼いたクッキーです。肉じゃがとても美味しかったです。ありがとうございます」 「まあ!千尋ちゃんの手作りクッキー?ありがとう!後で家族と一緒に食べるわ」 渡辺はにっこり笑って受け取った。 「あ、ちゃんと店長の分もありますからね。デスクに置いてあるので帰る時に持って行って下さい」 「ありがとう、青山さん」 渡辺が紙袋を持って帰っても中島はまだ帰ろうとしない。店の奥のPCに向かって作業をしている。それを見かねた千尋が声をかけた。 「あのー店長はお帰りにならないんですか?」 「う~ん…ちょっと残務処理があるからね。今日は最後まで青山さんと店に残るわ。それに青山さんを1人で残しておくの心配だし。実はね、人事に掛け合って、もう少し人員を増やして貰う事にしようかと思って今本社にメール書いてるのよ。正社員じゃなくてもパートや若いバイトの子でもいいしね。ほら、開店準備や閉店準備って一人じゃ忙しいじゃない?」 中島はPCを打つ手を止めて言った。 その言葉には自分を心配してくれているという思いが込められている事に気付いた千尋は嬉しい気持ちで一杯にり、お礼を述べた。 「ありがとうございます。店長」 「いいのよ、気にしなくて。それよりも青山さん、今夜は家まで送ってあげるわ」 「え?いいんですか?」 「いいのいいの。どうせ私は車で来てるんだし、乗せて行ってあげる」 「でも…」 その時である。自動ドアの開く音とチャイムが鳴った。 「あ。ほらお客さん来たわよ。さ、閉店まで後少し。頑張らなくちゃ」 「はい。私が対応しますので店長は今の仕事続けてて下さい」 中島に言い残すと千尋はその場を後にした。     やってきた客は若い女性で、これから友人の誕生日を祝いたいのでとフラワーアレンジメントの希望を出してきた。そこで千尋は送り主の好きな花の種類や色を聞いて、オレンジ色のダリアや薔薇、カスミソウ等をチョイスして一抱えはありそうな花束を作って渡すと、女性客は大喜びして料金を支払い、帰って行った。 結局その女性客が最後だったので営業時間終了後すぐに2人で閉店準備に入る事が出来た。 シャッターを下ろし、鍵をかけると中島は言った。 「それじゃ、帰ろうか?あ・でも何か買い物ある?スーパーに寄る?」 「でも・・ご迷惑じゃ…」 ヤマトのリードを握りしめながら千尋が言うと、 「私もね、今日スーパーで買いたいものがあるんだ。今日はね、フライのお惣菜の特売日なのよ!しかも広告が入ってたんだけど、新商品の発泡酒が発売されたから、買って試してみたくて」 中島は千尋と違い、料理はあまり得意ではない。もっぱら、コンビニ弁当かスーパーの弁当、総菜と言う食生活だ。本当は外で飲んで帰りたいけど、車で来てるからねー。 と言うのが、もはや口癖となっていた。 「それじゃ、お願いします」 千尋は遠慮がちに言った。 「気にしなくていいって。じゃ、今店の前に車回してくるわね」 中島が車を取りに行くと千尋はヤマトの前にしゃがみ、頭を撫でながら言った。 「皆、いい人ばかりだよね。私の事心配してくれて…。でも本当に誰なんだろう。お爺ちゃんもいないあの家に1人きりなのはやっぱり怖いよ。ヤマト、絶対に私の側から離れないでくれる?」 ヤマトは千尋の目をじっと見つめながら黙って聞いていた。 その時、 「お待たせー」 ワンボックスカーに乗った中島が戻ってきて窓を開けて言った。 「青山さんは助手席に座って。ヤマトは…後部座席でいいかな?」 「はい、それで大丈夫です」 「うん、じゃあ乗って乗って」  車で走る事、約10分。 大型スーパーに到着するとヤマトを車に残し、2人のショッピングが始まった。 「あの、店長さえ良ければ私の家で一緒に食事しませんか?」 ショッピングカートを押しながら千尋は中島に尋ねた。 「え?お邪魔していいのかしら?」 「はい、むしろ一人になるのは…ちょっと…」 最後の言葉がしりすぼみになってしまった。 「うん、それじゃ決まりね」 中島は千尋の変化に気が付き、明るい調子で言ったのである。  それから約40分後、食材やらお惣菜を大量に買い込んだ二人が車に戻ると、待ちくたびれたのかヤマトが眠っていた。 「あらま、眠ってるね」 「はい、あの家に着いたら起こすのでこのまま寝かせておいて貰えますか?」 「勿論かまわないけど、それじゃ行きますか」   家に到着すると、千尋はすぐにヤマトを起こして家に入らせた。 「お邪魔します…。わあ~すごく綺麗にしてるのね。青山さんの家に比べたら、私なんて汚部屋暮らしかも」 中島は感心したように見渡した。 「掃除や整理整頓は嫌いじゃないですね。私、アウトドア派よりもどちらかと言うとインドア派なんです。」  時間も遅かったので、買ってきたお惣菜を並べるだけとなってしまったが、久々に誰かと一緒に取る夕食は千尋にとって楽しい時間を過ごす事が出来た。結局中島は午後10時まで滞在し、帰って行った。 1人になると、途端に不安と寂しさがこみ上げてくる。 「私って、こんなに寂しがりやだったのかな…?やっぱりあの青い薔薇の送り主が怖くて臆病者になってしまったのかも」 ポツリと呟いた。 その言葉にヤマトの耳は一瞬動いたのであった。   翌朝、いつものように目覚まし時計で目覚めた千尋は着替えをして部屋の雨戸を開けたその時、雨戸に何か挟まっていたのか、ハラリと白い紙が足元に落ちて来た。 「…え?」 一瞬何が落ちて来たのか分からなかった千尋は拾ってみると、それはさなメッセージカードであった。 「…」 恐る恐る震える手で中身を開いてみる。 「!!いやあああっ!!」 千尋は頭を抱え、座り込んでしまった。  千尋の叫び声に驚いたヤマトが部屋に飛び込み、恐怖で震えている千尋の顔に自分の顔を近づけて 「クウ~ン」 と鳴いた。 足元に落ちたメッセージにはこう書かれていた。 <昨夜は楽しい夜を過ごす事が出来たようだね。君の笑顔は最高だよ>  
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