1-7 疑惑

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1-7 疑惑

彼女の様子がおかしい。 何をそんなに怖がっているのだろう? もしかして君を脅かす人間がいるのかい? あいつか?あいつのせいなのか? だとしたら排除しなければ・・・・ 「クッソ!何なんだよ!お前一体誰なんだ?!毎晩毎晩人の携帯に無言電話かけてきやがって!」 里中は無言の相手に電話越しに怒鳴りつけた。時間は夜中の0時を過ぎている。折角眠っていた所を例の無言電話で起こされてしまったので里中の怒りは沸点に達していた。 無言電話がかかってきて早1週間。連日連夜何十回も無言電話がかかってくるので、もういい加減我慢の限界だ。携帯の電源を切ってしまえば良いのだろうが、それでは相手に負けを認めてしまうようで、嫌だった。男の意地である。 「いいか?!これ以上無言電話をかけてくるなら発信履歴を割り出して警察に通報してやるからな!!」 「…るな。」 初めて受話器から声が聞こえて来た。 「あ?何だって?」 「…ちか‥よるな…」 「はあ?近寄るなって何のことだ?」 すると今度ははっきりと 「彼女に近寄るな!!」 ボイスチェンジャーでも使っているのか、耳障りな大声が耳に飛び込んできた。 「おい?何言ってるんだ?彼女って誰の事だ?!」 プツッ! そこで電話は切れてしまった。 (何なんだよ…。彼女に近寄るなって…) そこで、里中は電話がかかり始めた先週の事を思い出してみた。 (確か、あの日は千尋さんが病院にやってきた日で、俺は遅れて来た彼女を駐車場まで迎えに行って、その時に視線を感じて…) ある考えが浮かんだ。 (もしかして、あの無言電話の相手は千尋さんの彼氏…?いや、待てよ。それならこんなまどろっこしい真似しないで、はっきり自分が彼女の彼氏だからと俺に宣言すればいいはずだろう) もしかして…里中は不吉な予感がした。 (あの無言電話の相手…ひょっとしてストーカー…?大体何で俺の携帯番号を知ってるんだ?俺の事も彼女の事も知ってる人間?だとしたらあの病院関係者としか思えない…。とに角、今日は千尋さんが病院に来る日だ。彼女に最近誰かに付きまとわれてないか聞いてみよう) …結局里中はこの日、一睡もする事が出来なかった。   「え?千尋さん今日は来ないんですか?」 翌朝の事、いつも通り出勤した里中は主任から代理で別の人物が生け込みに来る事を聞かされた。 「ああ。暫くは彼女は病院の仕事は休みにして内勤だけになったそうだ。新しい人員も増えたそうだし、当分の間店長さんが来てくれる事に決まったよ」 「そ・そんな…」 里中はがっくりと肩を落とした。 「何だ、そんなに彼女に会いたかったのか?全く、お前って奴は」 お気楽そうに言う主任に何故かいらついてしまう。 「別に…そんなんじゃないですよ」 珍しく仏頂面になっている里中を不思議に思ったのか 「あ…と、そうだ!契約更新の書類があるんだった。里中、悪いけど今日仕事上がりにこの書類を届けてくれないか?」 主任は引き出しからA4サイズの封筒を取り出し、里中に渡した。 「え?それなら今からくる店長って人に渡せば…」 野口はハア~ッとため息をつくと言った。 「里中、少しは察しろよ。何故お前に直接書類を渡してくるように言ってるのか」 「あ!」 そこまで言われてようやく里中はピンときた。千尋と会うチャンスを作ってくれたのである。 「はい!必ず渡してきます!」 大声で返事をする里中に思わず野口は苦笑するのであった。 「おい、千尋ちゃん暫くここに来ないんだって?体調が悪いらしいじゃないか。早く良くなるといいな。患者さん達もヤマトに会えるの楽しみに待ってるし」 患者のマッサージを終えて片付けをしていた里中に先輩の近藤が声をかけてきた。 「え?千尋さん具合悪いんですか?!誰にその話聞いたんですか!」 里中は驚いて近藤に詰め寄った。 「お前、聞いてないのか?あ~そっか。千尋ちゃんの代理の人がやってきた時、お前患者さんの対応中だったな。ほら、あの人に聞いたんだよ」 近藤の示した先には中島が花を飾っている所だった。 「あの人が店長?」 「うん、俺よりは年上だろうけど中々美人だよな~。ま、俺の彼女には負けるけどな。何たって笑顔が可愛いし…」 里中はそんなのろけ話を上の空で聞いていた。 (どうする、今千尋さんの具合の様子をを尋ねてみるか?でも正直に答えてくれるか…。それとも…) そこまで考えて、閃いた。 「よし、終わり。うんうん、我ながら完璧な仕事ね」 中島は自分が仕上げたフラワーアレンジメントを満足気に眺めた。秋らしく、暖色系の色でまとめてピンポイントに赤や紫の色の花を添えてみた。仕事も終了したので責任者に声をかけて帰ろうとした時に、突然中島は声をかけられた。 「すみません。<フロリナ>の方ですよね?少しよろしいですか?」 中島は声をかけてきた里中を見た。 (あら、随分若いスタッフね) 「はい。何か御用ですか?」 「俺、里中って言います。さっき同僚の先輩から千尋さんの体の具合が悪いって聞きました。それで…ちょっと気になる事があって…」 (え?何この男?) 中島は突然声をかけられたので身構えた。 里中は慌てて弁明するように言葉をつづけた。 「あの、実は1週間程前に千尋さんと駐車場に一緒にいた時に強い視線を感じたんです。その日の夜から毎晩俺の携帯に無言電話がかかってくるようになって、昨夜とうとう相手がしゃべったんですよ。彼女に近寄るなって。だから千尋さんに何かあったんじゃないかと心配になって」 その言葉を聞いて中島は眉をひそめた。 「あなた…失礼ですが、うちの青山とはどのような関係ですか?」 「は?関係?」 「彼女と交際してるんですか?!」 中島は口調を強めた。 「いや、と・とんでもないですよ!病院で知り合った、友人関係でもない只の顔見知りですよ」 里中は必死で弁明した。 「それじゃ、青山さんはあなたと一緒にいたところを何者かに駐車場で見られて彼氏だと勘違いされてストカーカー行為をされるようになってしまったのかしら・・。」 中島はため息をついた。 「千尋さんやっぱりストーカー行為を受けていたんですね?!」 「そうなの。最初は青い薔薇の花束が大量に送られてきて、その後はお店のメールに青山さんあてのメッセージが届き、次は彼女の家のポストに手紙、そしてその次の日は…」 次々と明かされていく千尋へのストーカー行為に里中は激しい怒りを覚えた。 (あの無言電話の奴・・・!絶対許さない!千尋さんを怖い目に合わせて・・!) 「今、千尋さんはどうしているんですか?」 「家にいるのも怖いって言うので仕事に来てるわ。でも接客業務はやらせていないの。彼女、すっかり怯え切っているから。物的証拠を全て集めて警察に被害届を出したおかげで青山さんの家の周辺をパトロールしてくれてるのよ。それに今私が青山さんと一時的に一緒に暮らしてるから、少しは安心したみたい」 「そうですか。それなら少し安心しました」 里中の顔が少し緩んだ。 「けど…ね」 中島は言いにくそうに言った。 「郵便ポストは毎日私がチェックしてるんだけど、最近ストーカー相手が過激になってきてるみたいで」 「どんな風にですか?」 「青山さんの隠し撮りの写真が入ってたり、最近どうして顔を見せてくれないのだとか手紙が入ってたり…。全部彼女の目に触れないようにして警察に提出してるけどね」 「あの、俺の方でもストーカー相手が誰なのか探ってみます。多分俺と千尋さんの両方を知ってる人物だと思うので」 「ありがとう、助かるわ。あ・私ったら名前を名乗っていなかったわね。中島と言います。よろしく」 「はい、こちらこそよろしくお願いします。そうだ!ちょっと待っていて下さい」 里中は先ほど主任から預かった契約書をデスクから持って来て手渡した。 「この書類、新しい契約書になります。よろしくお願いします」 契約書を受け取ると中島は帰って行った。 (本当は自分でこの契約書を持って千尋さんに会いに行きたかったけど、怯えさせてしまうかもしれない。それよりも俺のやらなくちゃならない事は犯人を見つけ出す事だ。一体どうすれば…?) 具体的な考えはまだ何も浮かんでこなかったが、あまり時間はかけたくない。 (取りあえず、共通の知り合いにかまをかけてみるか…?) 気持ちを新たに、里中は仕事に戻って行った。  休憩時間の合間を縫って、里中はさぐりを入れてみる事にした。けれども男性スタッフ全員が妻帯者であったり、彼女を持っていた。しかも全員が里中が尋ねもしないのに、のろけ話をしてくるので話にならない。 (参ったな…。ここのスタッフかと思っていたのに空振りだったみたいだ) 「…コーヒーでも買って来るか」  自動販売機の前でコーヒーを買おうとしていると背後から声をかけられた。 「今日もコーヒー買うのか?里中」 振り向くと、そこにはオペレーターの長井が立っていた。 「そうか、今日も入れ替え日だったのか」 (そう言えば長井もここに出入りしている人間だから、千尋さんの顔を知ってるかもしれないな) 長井の顔をじ~っと見た。 「な・何だよ。男に見つめられる趣味は無いぞ。」 苦笑いしながら長井は言った。 「なあ、長井…」 「ん?何だ?」 「お前彼女いる?」 「いきなり何言い出すんだよ。まあ、正直に言うと現在募集中かな。」 「ふ~ん。そうか。」 (長井は彼女がいない。可能性はあるな…。でもストーカーするタイプには見えないけどな) 「突然どうしたんだよ?そういうお前はどうなんだ?彼女いるのか?」 「そんなのいねーよ。ま、今は仕事で精一杯だからな」 (本当は千尋さんが俺の彼女になってくれたらなー) 里中はお金を入れて自販機の缶コーヒーのボタンを押した。 ガコン! 出て来たコーヒーを取り出すと言った。 「それじゃ俺もう仕事に戻るわ。じゃあな」 手をヒラヒラ振り、里中は缶コーヒーを持って職場に戻って行った。  17時、里中の退勤時間である。 「お疲れさまでしたー。」 帰ろうとすると主任に声をかけられた。 「里中、今日<フロリナ>に行くんだろう?」 「いえ、行くのやめにしました。今日代理で来た方に書類渡しましたから」 「そうなのか?」 「はい。青山さん体調が優れないので店頭には出ていないし。行くと迷惑になるんじゃないかと思ってやめました」 「ああ、確かに具合悪いらしい。青山さん、早く良くなってくれるといいな。患者さん達も青山さんやヤマトに会えなくて残念がっていたし」 「そうですね…。それじゃお先に失礼します」  職員通用口を通った時、里中は守衛室の男から声をかけられた。 「あの…。リハビリステーションのスタッフの人ですよね」 「え?」 突然声をかけられて里中は驚いた。警備服を着た男は帽子を目深にかぶり、上目遣いに里中を見上げている。見るからに根暗そうな男だ。そんな里中の考えをよそに男は続けた。 「最近、花屋の女性を見かけていないのですが何か心当たりありますか?」 里中の額にジワリと汗が滲んだ。 (まさか、この男がストーカー?!) 平静を装いながら言った。 「さあ、俺にはさっぱり分かりませんけど?と言うか、何故そんな事を聞くんですか?」 「…毎週水曜日は必ずこちらで受付をされていたので」 こともなげに男は言った。 「あいにく、俺は彼女と個人的に付き合いがある訳じゃないので知りませんよ」 里中は踵を返すと病院を後にした。 (あの男、名前は何て言うんだ?マークしておいた方が良さそうだな。怪しい人物を見つけた事を中島さんに報告しておこう) 「今夜もアイツから電話かかってくるかもしれないな。絶対に正体を突き止めてやる」 里中は決意を新たに家路に着いたのである。
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