初めましてこんにちは、どん底三十路女です

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平和だ……平和過ぎる。 それでも、めでたいことに違いはない。 「早紀ちゃん、お兄ちゃん、おめでと――」 気を取り直して祝いの言葉を述べている最中に、ハッとした。 「って、お兄ちゃん、仕事はしてるの、住むところは?」 コンビニバイトを1日でクビになる彼が、まともな仕事についているとは思えない。 不詳の兄は、自信満々に言い放った。 「ああ、仕事はこれから探すし、ここに住むから大丈夫」 や、待ってよ。 谷川家はとっても慎ましい3LDKなのよ。 両親それぞれの寝室と私の自室以外は、8畳のリビングしかない。 「まさか、リビングで生活するつもりじゃないでしょうね」 そんなの無理に決まってる。 けれども母の言葉は、予想もしていないものだった。 「ってことで七海、出て行ってちょうだい」 「なんで私が!?」 「だって早紀ちゃんは赤ちゃんを産むんだから、私たちと一緒の方が安心でしょ」 「や……だからって、実の娘を追い出すなんて、鬼の所業ではござらんか」 私が泣きつくと、早紀ちゃんが、笑顔で説明を始める。 「実はっすねえ、家の両親がドロップアウトしまして、軽井沢に別荘を買って移り住んだんっす。で……荻窪の家が空き家になったんっすけど、庭付きで6LDKもありまして、マジ管理がエグイんっす」 なぬっ、例年、住みたい町ナンバーワンの栄光に輝く吉祥寺から2駅。文豪の町、あの荻窪に庭付き6LDKだと!? 「ま……誠でござるか?」 「もちろん無料なんで、七海さん、管理を兼ねて住んで貰えませ――」 「はい、喜んで!!」 一も二もなく飛びついた。 憧れの一人暮らし、それも広い一軒家。 そこなら……ああ、その場所なら。 私の秘密の趣味が、誰に遠慮することなく楽しめる! 浮かれていた。 だってまさか、あんなトラップが待ち構えているんなんて、知らなかったんだものっ!
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