初めましてこんにちは、どん底三十路女です

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* * * 翌日、レンターカー屋さんで軽バンを借り、引っ越しを決行した。 妊婦の早紀ちゃんに早く部屋を譲りたかったし、家具家電はそろっているというので、善は急げだ。 陽介のこともあって、全てを一からやり直したいという気持ちもあった。 月曜の開発会議までに、平常心を取り戻したい。 そう願う私にとって、この引っ越しは都合が良かったのだ。 実家でお昼ご飯を食べてから、段ボール10箱と一緒に、目的地に向かう。 半年ぶりの運転ということもあって、少しだけ怖かった。でも23区の一軒家に住めるというワクワクが勝っていた。 午後2時。 カーナビに誘導されて辿り着いたのは、荻窪駅の南側、図書館や公園にほど近い、閑静な住宅街だった。 「うわあ、凄い」 思わず、独り言が口をつく。 早紀ちゃんって、お嬢様だったんだ――。 立派な数寄屋門の奥に見える、伝統的な日本家屋。中に入ると、広々した庭に、松などの庭木や庭石が上品に配置されていた。 本当に、こんなところに住んでいいのだろうか。 ここに来て、気遅れしてしまいそうになったけど。 いやいや、他に行くところはないのだから。 景気づけに自分のほっぺたをピシャリと叩き、鞄から鍵を取り出した。 そうして、おそるおそる開錠したんだけど。 ん? 確かにカチャリと手ごたえがあった。 なのに引き戸は、ピクリとも動かない。 もう一度、鍵穴に鍵を差し込み、反対方向に回してみる。 カチャリ。 「え……なんで?」 今度はすんなりと、扉が開いた。 て……ことは、最初から開いていたってこと!? 「まさか、泥棒?」 一瞬で血の気が引く。 どうしよう、警察を呼ぶ? でも、私の勘違いだったら……。 「おおーい。誰かいますかー」 蚊の鳴くような声で呼びかけてみる。 答えは返ってこない。 今度は大声で呼んでみる。 「こんにちはー、誰もいませんよねえっ!」
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