なんだかとても疲れましたので

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数分前――、私は彼の待つ居間に足を踏み入れた。 どんな顔をしたらいいのか分からなくて、心臓が壊れてしまうんじゃないかってくらいドキドキしていた。 なのに……類さんの顔を見たとたん、それどころではなくなった。 左側の頬に大胆なひっかき傷が二本。 最初は野良猫にでもヤラレタのだと思った。けれども聞けば、この傷をつけたのは猫ではなく、以前になんどか関係を持った女なのだという。 そうだ、この男はそういう人間だった。 ユキちゃんが猫だと判明した今、ホッとした半面、やっぱり、ただ女にだらしが無いだけなんだと気がついた。 「あのさ、七海ちゃん」 溜息を吐きながら救急箱を片付ていると、類さんがしょんぼりと私を呼ぶ。 ふん、そんな顔したって、もう騙されないんだから。 他の女とよろしくやってきた直後に、よくも私の恋心を弄んでくれたわね。 「なんですか」 ギロリと睨みつける。 「や、その……これには深い事情があってだな」 確か媚薬を盛ろうとした時も、こんな顔をして同じことを言っていた気がする。 「その事情とやらは、どうしても聞かなければいけませんか」 「っ……怒んなよ、まず話しを――」 「怒ってません、怒る理由がありませんから」 言い捨てて部屋を後にしようとしたけど、手首を掴んで阻まれる。 「頼むから聞いてくれって」 「離してください……あなたが誰と寝ようが、喧嘩しようが私には関係ありませんから」 手を振り払って「おやすみなさい」と頭を下げ、廊下に踏み出した。
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