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週明けに開発会議を控えたその日。
私は資料の最終チェックに没頭していた。
定時はとっくに過ぎている。
資料は何十回も見直した。
それでも不安が拭えなかったのだ。
開発会議の主役。私が発案した、夏用マフ『クールンルン』は、特製フィルムに包まれたアイスジェルが、首元だけでなく、背骨にダラリと伸びる仕組みになっている。
当初は背部が不安定で気になる、と不評で随分と苦労した。でも『クールンルン』の肝は、この部分だ。試作に試作を重ね、ようやく最終開発会議まで漕ぎ着けた。だから、絶対に失敗はしたくない。
そう思うと、時間はいくらあっても足りなかった。
午後8時。
ふいに背後から、缶コーヒーが差し出された。
「谷川さん、なにか手伝おうか?」
声の主は、我が企画部の部長、二階堂 類。
彼はそのたぐいまれな美貌と才脳で、企画部の至宝と評されている。
年齢は35歳。若干30歳で最年少部長に昇格した、本物のエリートだ。
加えてその容姿も、文句のつけどころがない。
180センチ近い高身長。スーツは嫌味のないお洒落な着こなしで、長めの前髪を軽く後ろに流したヘアスタイルが抜群に似合う、さっぱりとした和風イケメン。
そしてバツのない独身とくれば、それはもう、社内にとどまらず、取引先の女子社員までもが、恋人の座を虎視眈々と狙っているらしい。
ところが当の本人は、そんな熱視線など、どこ吹く風。
年齢性別問わず、平等な態度を一貫し、決して色恋沙汰を職場に持ち込もうとはしない、完璧な上司だ。
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