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「大丈夫です、キャンセル済みですから」
答えると彼は大袈裟に目を丸くし、慌てた様子を見せる。
「いけないよ、君にとって大切な日だろう、約束は……営業の市原くんと?」
陽介との仲は社内でも公認なので、部長も知っていたのだろう。
「まあ、そうですけど」
曖昧に頷く。
すると部長は困ったように腕を組み、私の顔を覗き込んだ。
「谷川さん、君はとても良くやっていると思う」
「ありがとうございます」
頑張りを認めて貰えるのは、単純に嬉しい。
でも彼の表情は、部下を褒めるそれではなかった。
「でも……もっと周りに頼らなくてはいけないよ」
彼は眉を寄せたまま、続ける。
「例えば僕、上司はなんのために存在しているのだと思う?」
唐突な質問にポカンとしてしまった。
そんな私を見て、ようやく目の前の端正な顔に、笑顔が戻った。
「答えは、部署の皆をフォーローするため……いわば雑用係ってところかな」
そんな訳はない。
でも彼は、それがさも当たり前だというように笑う。
「だからさ、今後こういう時は、僕を頼ればいいんだよ、分かったかい?」
「や、でも――」
そう言われても、彼は企画部のトップだ。そんなお方に向かって『早く帰りたいので、代わりに誤字脱字チェックお願いします』なんて言えるはずもない。
答えに詰まった私の背中を、部長がポンと押した。
「まあいい、とにかく行って。今ならまだ彼とお祝いが出来るだろう?」
なんでもない――ともすればセクハラだと取られる仕草かもしれない。
でも彼の爽やかさが、その行為を清廉なオブラートに包んでくれる。
はあ、眼福……。
思わずため息をついた私を見つめた彼は、「それに」と、自分の顎を撫で。
「せっかくの週末なのに、君が帰らないと、僕も帰れない」
悪戯っぽく笑って、肩をすくめた。
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