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プロローグ・その男は捕食する者
* * *
「や、待っ――」
「待たねえよ、待てるわけねえだろ」
耳元に低い声が落とされるのと、私の口から甘い嬌声がこぼれるのは同時だった。
「っ……あっ」
いつの間にシャツを捲り上げられていたのだろう。
露わになった胸の先が、意地悪な指に弾かれた。
たったそれだけのこと。
なのに体が小さく跳ねてしまうのはきっと、彼の色気にあてられているから。
退廃的な美――。
その言葉がこれほどまでにしっくりくる男が、他にいるだろうか。
「ハッ、なんて顔してんだよ」
薄く笑った彼は、長く骨ばった指で、私の唇をこじ開ける。
「んっ……まっ……心の準備っ……がっ」
このままでは、のみ込まれてしまう。
なけなしの理性をかき集め、目の前の胸を押し返せば、その手を掴まれシーツに縫い付けられた。
「だ……め」
「だめ、じゃないだろ……言えよ、来て――って」
トロリと潤んで私を見下ろすのは、中心部分が藍色にも見える漆黒の瞳。
その目はまるで、荒縄のように私の体を拘束した。
乱れた黒髪が頬をくすぐるほど、至近距離に顔を寄せられる。
彼の瞳の中に私がいた。
私の瞳の中にも彼がいるのだろう。
完敗だ――。
力をこめていた唇が力が失うと、彼の指が私の口内に侵入した。
舌を弄ばれ、歯列をなぞられる。
それ仕草はまるで、捕食する者が獲物を甚振るようで。
そのくせ、酷く優しかった。
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