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「俺はロックンローラー、ロッカーになる」
休日の朝。大事に取っておいた古い音楽雑誌を眺めていた俺は、興奮してリビングの床に立ち上がり大声で叫んだ。
「何ですか、お父さん、朝っぱらから大声出して、近所迷惑ですよ」
隣でテレビを見ていた妻にたしなめられた。
「どうしたんですか、大きな声が聞こえましたけど、また血圧上がりますよ」
朝のお茶を運んできた嫁の牧子さんが言う。
「だから、ロッカーになるって言ってるんだ」
そこに朝刊を持った息子の弘が入ってきた。
「牧子、お茶。何ですかお父さん、大きな声を出して」
「いいか、よく聞け、俺はな、昔の夢を取り戻す、ロックンローラー、ロッカーになる」
「なってどうするんです、今更青春ですか」
「うるせえ、大人の言う事なんか聞くかよ、若さゆえの反抗だよ」
「私ももう、五十歳前で十分に大人ですけどねえ、お父さんはその私の親ですよ、確か今年七十五歳でしたよね、後期高齢者ですよ」
弘がガタガタ言う。
「なにが後期高齢者だ、そんな物は政治家が勝手に決めた事だ。政治屋なんて信じるな、首相をぶっ飛ばせ、あいつらは汚い大人の代表だ」
「首相はお父さんより九歳年下ですよ」
「ええい、うるさい、年を取ったら大人なんて誰が決めた。いくつになっても、若いと思えば若いんだよ」
「年齢以外で大人と若者を分けるのは難しいと思いますけど」
妻が横でぼそっと呟く。
「お父さん、成人してから今まで一回も選挙を棄権したことが無いのが自慢じゃないですか、国政選挙はもちろん、都知事、都議会、市長から市会議員まで、ずっと皆勤なんでしょう、そんな人に政治屋をぶっ飛ばせとか言われてもねえ」
「本当、真面目を絵に描いたような人なのに。大体どこからそんな汚い雑誌持ち出してきたんですか、埃だらけじゃないですか」
「お義父さん、音楽なんてやったことあるんですか」
嫁の牧子さんまで弘や妻と一緒になってごちゃごちゃ言ってきた。
「うるさい。この雑誌はな、いつかもう一度読もうと思って物置に大事に取っておいたんだよ、大体な、お前らみたいな大人の代表みたいな奴らに俺の気持ちが分かってたまるか」
「無理して言葉使いまで変えてねえ、あなた今まで俺なんて言った事ないじゃないですか」
「今までが無理していたんだ、本来は俺なんだ。もういい、お前らなんか相手になるか。忠司ならきっと分かってくれる」
俺は息子や嫁、妻に向かって言い捨てると、二階にある孫の忠司の部屋へ向かった、階段の登りが膝にこたえる。
「忠司、おじいちゃんだ、入るぞ」
「どうぞ」
忠司は机に向かっていた、とっくに朝食を済ませ、大学受験の勉強をしていたらしい。
「どうしたの、大きな声が聞こえてきたけど」
「ああ、あの頭の固い大人どもめが。おじいちゃんはな、ロッカーになるんだ。ロッカーって言うのはな、ただロックンロール、ロックを歌ったり、演奏したりする人のことじゃない、生き方だ。社会に、大人に、今の体制に反抗し、戦う。その手段として歌い、演奏する。ラブ&ピースだよ。忠司、お前は高校三年だ、若い。お前ならおじいちゃんの気持ちを分かってくれるよな」
俺のアジテーションを聞き、感動して一緒に戦おうと言ってくれると思っていたら、忠司は顔をしかめ「あのねえ、おじいちゃん。おじいちゃん前に『この国を豊かにしたのは俺たちだ。高度経済成長を支えたのは俺たちなんだ』って言っていたよね。僕たちから見たら反抗すべき大人はね、おじいちゃんなんだよ。この国を大きくした、豊かにしたという自負があるんなら、それらしくしようね。きちんと若者に反抗される大人になってよ。今更ロッカーになって、大人に反抗なんて、ふざけないでよね。大体お父さんやお母さんの世代も、友達親子とか言ってきちんと子供と向き合わないんだから、せめておじいちゃんたちだけでも若者の反抗をどんと受け止めてよ。それを大人は汚いとか、反体制とかって。その社会を作ったのは誰だって言うのさ。大体、ラブ&ピースって言いながら戦うって矛盾しているとは思わないの……」
「ああ、分かった、分かった」
俺は忠司の言葉を最後まで聞かずに部屋を飛び出し、階段を駆け下り(気持ちだけだ、実際は手すりを伝ってゆっくりと降りた)表に出て叫んだ。ちくしょう、何だって言うんだ。俺だって、若い頃にはなあ。
「お父さん、何しているんですか、表で大きな声出したらご近所迷惑ですよ」
弘が表に出てきて俺をいさめた。
激しい運動で息の上がった俺は動悸を鎮めるため、肩で息をしながら家に戻る。いつかきっと、ロッカーになると心に決めて。
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