どうして銀行強盗に

3/8
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
 もう少しだけ自分に勇気があれば。少年は己のふがいなさを嘆いた。    視線の先で、覆面を付けた銀行強盗が、女性を脅して金を取りに行かせていた。もう一人は誰か不審な動きをしていないか見回している。平和な午後の雰囲気から一瞬で色変わりした。午前で高校が終わり、母の遣いで通帳を預かって銀行に訪れただけだというのに。  体全体に凶器が突きつけられている。そう錯覚するほどに少年は恐怖し、体の硬直は強くなっていった。    あと少しだけ勇気があれば、この状況を変えられるかもしれないのに。覆面を付けた男のハンドガンに怯えながら唇を噛んだ。    自分は意気地がない。自他共に認める短所は少年の中で抑圧と膨張を繰り返し、コンプレックスと呼べるほどにまで成長していた。    中学時代、バスケ部に所属していた少年は、引退試合の最後でチームの命運を握った。3Pラインの外側、タイムは秒読み、ライバル校とは一点差。今でもたまに夢に見るのは、そこから軽やかに跳んで球を放り、電光掲示板に3点が追加される光景だ。もっとも、それは現実とは異なるものだったが。外させたのは他でもない自身の心の弱さ。積んできた練習を完璧に信じることができぬままにシュートしたためだ。  高校一年生まで好きな人がいた。告白をすればよかったと今でも思う。ラブレターでもメールでも何でもいいから想いを伝えれば、その人が転校した今でもどこかで繋がっていられたかもしれない。    「勇気が出ない」ことを辛く思っていた少年は、同時に「勇気ある人間像」に憧れた。火に飲まれた家屋から子どもを救い出す、カツアゲをする不良に殴りかかる。陳腐だが、どれも少年の妄想では定番だった。  今この場面もまさにその一つ。果敢に銀行強盗から銃を奪い、怯える人を解放する。そんな場面を何度も思い描いたのに、当座になってこの怯えようだ。現に、強盗の伏せろという指示に真っ先に従ったのは少年だった。 (情けないなあ……。でも、怖いものは怖いよ)  自分以外の人間は、茨の道も針の山も勇んで進んでいくのだ。確実に痛いというのに、それでも足を前に出す。その姿勢が眩しくてたまらない。もしかしたらその痛みは大したことはないのかもしれない。しかし頭の中で最大級の激痛を想像してしまうともうダメだ。だからこそ、一歩を踏み出す勇気に憧れていた。そんな人になりたかった。    少年は二人の強盗を見る。彼らはなぜ凶行に及んだのか。いくら金に困っていても銀行を襲撃するなど最終手段なはずだ。最後その決断をするときに背中を押したのは、他でもない勇気だろう。  強盗犯に憧れてしまうほどに、胆力を欲していた。  
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!