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「あっ、あの…」
もじもじと男が手を挙げる。強盗は怒り半分面倒くささ半分で「ああ?」と尋ねる。
「トイレに行きたくて」
「はあ?」
面倒くささの割合が増えた。
「それくらい我慢しやがれ!」
荒ぶる強盗に対し、男も簡単には引き下がらない。
「いや、マジ大きい方で……」
「知らねえよ、どうせ逃げるつもりだろ」
強盗の心中では不安も募っていた。ただでさえこちらは二名。男をトイレに行かせる場合、一人がそちらに付く。客は十人ほどしかいないが、一人のためにこちらの半分の人員が割かれるのは避けたい。
「それどころじゃないんですって。ああやばい10、9」
「カウントダウン始めんじゃねえ!……チッ」
カウンターの強盗は、脇に立つ小太りの覆面に顎をしゃくる。不承不承といった様子で小太りの覆面が銃を構えながら「立て」と男にいった。
男は腹を押さえて立ち上がる。トイレへ向かうと、背中に銃を突きつけたまま付いていた。
(よし……)
男は内心拳を掲げる。便意など無論嘘。ここから逃げ出すため、早速行動を起こしたのだ。
床がリノリウムからタイルに変わった。男の目には、便所の照明よりも奥の窓から差し込む光の方が何倍も強い光源に見えた。
(逃げるならあそこだな)
細身の自分なら難なく抜けられるだろうと男は考える。
強盗は一通り個室を見渡し、道具などがないかを確認したあと、男に「入れ」と促した。
「五分で出ろよ」
「わかりました」
「あとケータイ渡せ」
(まあそりゃそうか)
覆面にスマホを手渡し、扉を閉めた。
(さて、これからどうしようか)
半ば勢いで来た男。こんな時でも場当たり的なのだから、せっかくの休日を半分寝潰すのも必然であった。
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