どうして銀行強盗に

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「あの馬鹿野郎……」  トイレの洗面所、掻きむしるような剣幕で顔を洗い、なんとか涙が止まった強盗は逃げた男に悪態をついた。「くそ野郎」と言わなかったのは、怒りよりもずっとひやひやしていたからだ。 「太ってるわけじゃねえっつの」  言いながらダウンジャケットのファスナーを下ろした。露わになるのは腹、ではなく、並んだいくつもの円筒。頂部から伸びる管は一つに束ねられ、それも胸にくっついている。腹の膨らみは自作の爆弾だったのだ。  仮にさっきの男が殴ったところで爆発はしないだろう。だが、映画なんかでもあるように信管を銃で撃たれたりして火花が散れば引火する。ぐるりと腹回りを覆うこの爆弾ならば、仲間の居るフロアくらいは消し飛ぶのではないだろうか。 「ったく、あいつがもう少しだけ頼りがいのある奴ならな」  あいつとは共に強盗に踏み切った友人だ。もう少しだけしっかりしてれば、こんなものを作らずに済んだ。  似たような境遇だった。借金で首が回らないという段階はとうに過ぎている。そうでもなければ強盗など考えつかない。 「俺の知り合いから銃を譲って貰える。それで銀行をやろう」  向こうからそう持ちかけられた。知り合いというのは察するに稼業の人間だろうが、友人がそういった面々と銃の交渉ができるのかという不安はあった。 「わ、悪い。一丁しか貰えなかった……」  不安は的中した。  二人いるのに銃一丁でどうやるのか、と詰め寄ると、モデルガンで脅せばいいと呆れた返答だった。つまり殺傷できるのはフロアの友人が持っている方だけ、自分のはただのおもちゃだ。  それでは心許ないので爆弾を自作した。幼少から理科と工作は得意、材料も通販で揃う。決行前日には机にずらりと並んだ。  少し作りすぎたかとは思ったが、これもまた脅しだ。一つしかない銃が壊れたりなどしたら目も当てられない。非常用に客を抑止する効果として考えており、実際に使う気は一毫もなかった。  男を追っても意味がない。よろよろとフロアに戻ると耳が拍手の音を広った。 (何だ?)  顔を覗かせると、立つ女の足下に仲間が倒れていた。おそらく気絶している。あの女にやられたのだろうか。 (何ヘマしてんだあのアホ!)  やはり頼りない。だが今こそ腹に巻き付けたこの爆弾を使う時だろう。銃どころか肝心の仲間まで伸びてしまったというのだから明らかに非常時だ。作った甲斐があるというもの。湧く人質達を再び絶望の底に叩き落としてやる。  ずい、ともの影から身を乗り出す。 「おばさん伏せて!」  大人になりきらない年齢の声が聞こえた。見ると身をかがめた女の奥、倒れる仲間のさらに奥、高校生くらいの少年が銃を構えていた。 (なんであいつが銃を持ってんだ?あっ、馬鹿撃つなやめろ――)  
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