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 真っ青な空と風に揺らぐ草原。この景色が続く限り、テジンはどこまででも走って行ける気がした。  肌を撫でる風は、なんて清々しいのだろう。サワサワと揺れる草のさざめきは、胸を抜けていく冷たい空気は、足の裏の土の感触は、なんて心地よいのだろう。  太ももから膝へ、膝からふくらはぎへ、ふくらはぎから足首へ、流れる力に合わせて地面を蹴飛ばせば、体はぐんぐんと前に進んでいく。  このまま目の前に広がる空へも飛んで行けそうだ。広大な世界へ身一つで飛び出していく妄想は、十二歳の少年に、笑顔をもたらした。  浅黒い肌とクルクルとした癖のある柔らかい髪。空を映す瞳は爛々と輝き、幼さを残した丸い頬にはえくぼが浮かぶ。  気がつけば随分と集落を離れて来てしまっていた。また(おさ)に怒られてしまうぞ、と不意に思い出し、足を止める。 「あれ? ここどこだ?」  辺りを見渡すと、草木が少なくなって来ている。精霊の加護の外まで来てしまったのだとテジンはゾッとなる。  彼らカプ族は遊牧の民。大地を豊かにする精霊の移動に合わせて、住みかを移していく事により、その恵みを得て生活を成り立たせている。  緑のない大地は精霊の加護のない土地だと捉えているため、そこへ足を踏み入れる事を恐れる傾向にあるが、テジンが恐れているのは、帰った後の長の雷の方だった。
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