わたしのザムザ

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『朝目覚めたザムザは毒虫になったのではなく人間のままだったのだと思います。毒虫になったという表現は何かの比喩だったのではないかと思いました。自他共に嫌悪する対象として毒虫という表現が適切だっただけなのではとーー』 稚拙な一文。 クラスメイトには笑われ、先生には怒られ減点を食らった。 のちに先生は『変身』の愛読者で著者を冒涜された気分になったのだと教えてくれた。 そんなザムザのことを書いた読書感想文が頭に浮かぶ。 私は彼を通して自分自身を書いていた。 私のことを書くならば、毒虫ではなく人間で在りたかった。 ただの願望だ。 事実をねじ曲げている。 そんなことはわかっていた。 もう一つ、学生時代に私がねじ曲げたものがある。 保育の課題で描いた絵本だ。 主人公は私。 母に愛され父も母を愛しているごく平凡な家庭の一日を描いた。 はたから見たらつまらない一冊だろう。 でも私にとっては輝いて見える唯一無二の世界がつまっている。 「あなたを招待したい世界があるの。館長に許可をもらえるように掛け合うから」 私はザムザの肩をつかむと、笑顔を向けた。 グレーゴル・ザムザの脱走劇から三時間、彼は背を丸めながら本へと戻っていった。 きっと絶望を抱えたままで。 ーーー 昼休憩に私はお弁当を食べていた。 机にはブックスタンド。 見開きの絵本が置いてある。 絵本の中では、私たち家族がお茶会を開いている。 そこにもう一人、外国の男性、グレーゴル・ザムザがすらりと伸びた足を組んでお茶をしている。 「館長から許しを得られて良かった」 私は呟くと、今日も最後のページを眺めた。 〈完〉
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