わたしのザムザ

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『D区にて、グレーゴル・ザムザが脱走。職員はただちに回収に向かってください』 二回目となるアナウンスが流れる。 本の中には、そのもの自体から抜け出してそのまま逃走をはかるものもいる。 今回の場合、ザムザがそれだ。 グレーゴル・ザムザとはカフカの『変身』に登場する主人公だ。 そして私の中学時代のあだ名でもある。 一部の人からザムザと呼ばれていた。 夏休みの宿題である読書感想文に『変身』を選び、発表した結果である。 あの日の周りの嘲笑がよみがえってくる。 頭をふると深呼吸をした。 ザムザの身の上に私を重ねた上であだ名をつけたわけではないと思う。 私の置かれた家庭の事情を彼らは知らないはずだし、私はまだザムザのように働いてもいなかった。 それでも勘ぐってしまう。 彼らは私の背景を知っていてザムザと名づけたのではないか、と。 次に家族を思う。 ザムザの家族ほどではないが今の私の〝働き〟で母はようやく生活できている。 彼の家族と違う点は、仮に私が毒虫になっても今まで通りの日常を送るであろうことだ。 それは私を大切に思ってのことではなくーー。 最後まで残しておいたリンゴを見る。 ウサギ型に作ったそれが急に憎たらしく思えて、箸で突き刺した。 「……リンゴに罪はなし」 突き刺した箸を引き抜くと、ふたをしてお弁当箱を片付けた。 ピーターパンの本もしまう。 それから私もザムザを探すためにイスから立ち上がった。
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