わたしのザムザ

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「岸本さん大丈夫ですか?」 声をかけられてハッとする。 岩ノ下さんが心配そうな表情を浮かべている。 「ちょっと考えごとしちゃっただけなの。大丈夫。ありがとうね」 「そういえば、前回の脱走劇でも岸本さんがザムザを回収したんだよな」 「ええ、まあ……」 「すごいですね!虫に耐性があるんですか?」 「え、いや……」 「今回の回収のための参考にさせてもらおうかな」 二人の期待に満ちた眼差しにたじろぐ。 観念して正直に明かすべきだろうか。 私に見えているザムザの姿を。 『S区にてグレーゴル・ザムザを発見しました。繰り返します。S区にてグレーゴル・ザムザを発見しました』 アナウンスが流れて、私たちは同時に黙った。 S区はこの図書館の出口に近い場所だ。 急がないと万が一にでも外に出てしまったら大変なことになる。 「行こう」 「はい」 「ええ」 うなずき合うとS区へと向かった。 ーーー S区には既に何人かの職員がいた。 彼らと一定の距離を置いた先にグレーゴル・ザムザがいる。 ザムザは苦悶の〝表情〟を浮かべていた。 「何ページ目で脱走したの?」 近くにいた職員に声をかける。 「それはわからないんだが、負傷しているみたいだよ。一部がへこんでいる」 「へこんで……」   だからあんな表情を浮かべているのか。 「今さらな質問なんですが、回収ってどうやるんですか?」 「もとあった本の中に自主的に戻ってもらうの」 「ゴキブリと話せとでも言うんですか?!」 岩ノ下さんの顔が青ざめていく。 周りを見れば、皆、似たような反応をしている。 ザムザを見ないようにしているみたい。 私に対する母と重なる。 ふと、そう思って嫌な気持ちになった。
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