わたしのザムザ

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教室は笑い声に満ちていた。 その中で私は羞恥に耐えていた。 両手で持っていた読書感想文にややシワがよる。 先生が静かに言う。 〝ちゃんと読まないと駄目よ〟と。 読んだのに。 読んだ上での私の〝思い〟なのに。 私はうつむいて涙をこらえた。  ーーー   『D区にて、グレーゴル・ザムザが脱走。職員はただちに回収に向かってください』 イスに座って昼休憩にお弁当を食べていたら、そんなアナウンスが流れた。 机に置いたブックスタンドには見開きの本が置いてある。 その本の中で、ピーターパンはあぐらをかいた状態で宙に浮いている。 彼はまばたきをしている。 私、岸本杏奈(きしもとあんな)が勤めている図書館は曰く付きの本が何千と保管されている。 例えば、この本のピーターパンは挿し絵のあるページ、すべてでまばたきを繰り返している。 では何か害があるのか? 答えは否だ。 多少の不気味さはあるが、これといった害があるわけではない。 しかし〝多少〟を嫌悪され、この図書館に保管されることとなった。 他にも登場人物が話しかけてくる本やら、文字がうごめいて読みにくいものやらがある。 私を含め、職員はそんな本を一時的に借りることができる。 ただし、原則として決して外に出さないこととなっている。
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