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ところが風呂から上がると世界は一変していた。
「だっで俺がだずげだんだよっ!」
「仕方ないでしょ欲しいって人が見つかったんだから」
泣きじゃくりながら地団駄を踏み、それをあやそうと妻がなだめすかしている、小さな娘は初めて見る兄の号泣した姿にオロオロし今にも泣き出しそうだ、そうだ、こいつのこんな姿は久しぶりに見る。
『俺、お兄ちゃんだからさ』
妹が産まれ家に来たときから、そんなふうに駄々をこねることは無くなっていた、あの時すでにちょっとだけ大人になっていたんだな…。
「ちょっと!見てないでなんとかしてよ」
おっと、妻の方からも泣きが入った、なんとかしましょうかね。
「この猫飼いたいのか?」
「うん」
「どこに居た?」
「小学校の前のおうち」
泣き止んだけど、小学校の前のおうち?
「じゃあ山田さんちの猫じゃないのか?」
「ぢがウッで、イッでだ」
しゃっくり混じりでもちゃんと説明しようと頑張ってるんだな、エライぞ。
「一年生のみんなデッ、づかまえた」
おいおい助けたじゃなくて捕まえたなのかよ、それはちょっと話が違ってくるぞ。
「そっかぁみんなで捕まえたのか、他にこの猫欲しい人は居なかったの?」
「るるちゃんガッ、ほしいって言ってたけど、お母さんが駄目だって」
え?他のお母さん方も居たの?なんでうち?
「どゆこと?」
妻の説明では、迎えに行ったら一年生グループでこの黒猫を追っかけ回して捕まえて、グループのお姫様のるるちゃんが欲しいって言ってたけど、るるちゃんママに電話したら、飼えないけど他に欲しい人探してくれるって、だそうだ。
それでこのスピード解決、さすがるるちゃんママ。
「この猫はお母さん猫を探してたの?」
「…分からない」
息子の方に向き直ると、すっかり泣き止んで怒ったような困ったような真剣な顔で真っ直ぐに俺を見ている。
「ちゃんと世話出来ると思う?」
「ちょっと!?」
「お母さんは黙ってて、大丈夫だから」
妻はまさか飼うって言い出さないか心配してるみたいだけど、そんな事は言わないさ、だけど頭ごなしに駄目なものは駄目だなんて、こんなに真剣な顔してるヤツに言っても納得しないだろ。
「ちゃんとお世話するから」
「じゃあ小学校に行ってる間、仔猫がお腹空いたらどうするの?」
「ウンチしてタオルが臭くなったらどうするの?小学校から帰ってくるまでお腹空かせて臭いタオルで寝なきゃいけないの?」
酷な様だけど、命を預かるにはまだ力が足りない事を教えてあげたほうがいい。
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