大丈夫

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疲れた人のためにやって来る妖精って知ってる? 妻が悪戯っ子ぽく笑う。 「何?」 この笑みの時は僕を励まそうとしている時だ。 「あのね、大丈夫っていう言葉とこうすると元気が出て来るのよ。」 そっと抱きしめられハッとする。 それは遠い日の記憶。 受験や就活で疲れ果ててしまった僕を慰めてくれたあの時のことを思い出す。 そっと彼女の背に手を回して抱き合う。 とくん、とくんと優しい音色と体温が伝わる。 思春期の時のドキドキは無くなったが安心感に癒される。 「…ありがとう。」 感謝の言葉を口にすると妻はニパッと太陽のように笑う。 「よーしよし、機嫌治った?」 頭まで撫でられて気恥ずかしくなる。 顔に血が集まって少しだけほっぺたが熱い。 「…ありがとう、あったかいね。」 ハラハラと涙が伝う。 「それで、何かあったの?」 夕食を温め直し、食卓に並べてくれる。 今日は野菜たっぷりのポトフだ。 ハフハフと暖かいご飯とポトフを口にする。 「どう?美味しい?」 ニコニコ聞いて来るので口に含んだままこくんと相槌を打つ。 「んぐ、美味しいよ。」 にんじんを飲み込み答える。 「それは良かった。 お腹減っていると余計に悲しくなってしまうからね。 お腹いっぱいになったら嫌なこと全部話していいからね。」 お腹が満たされてだんだんとトゲトゲとした荒んだ心が少しだけ柔らかくなっていく。 「…本当だ。 お腹がいっぱいになったら少し気が楽になったよ。」 「でしょ、美味しいもの食べてお風呂入って体暖かくして悩みを吐き出して寝るのが今の君のお仕事なんだよ。」 ぽつりぽつりと悩みを打ち明ける。 僕の連絡ミスで先輩に迷惑をかけてしまったこと。 取引は先方に頭を下げに行って許して貰えたし、先輩や上司は気にするなと言ってくれた。 だが、僕は僕を許せなかった。 余計な手間暇をかけて要らぬ残業を同僚や先輩に手間をかけさせてしまったのだから。 「そうだったんだね。 誰にでも失敗はあるよ。 でもね、よく聞いて。 君の同僚や先輩が今度ミスをしてしまったとしてその行いを君は許せる?」 「それは…。」 今回は自分の過ちだったが他人のミスで残業をしたらという想像をする。 迷惑だ、嫌だという考えがモヤモヤと心の中に湧き上がって首を横に振った。 「…僕は他人にも許せなくなってしまうかもしれない。」 項垂れてそう言うと彼女はそっと僕の頬に手を添えて顔を上げさせる。 「うん、それは自分にも厳しいからなんだよ。 だからさ、他人に優しくするために自分も優しくなろうよ。」 「できるのかな…。」 「できるよ。自分が申し訳ないことをしたと言うのなら次の機会に他人の手助けをする。 それだけで変われるよ。」 妻の言葉に僕は泣き出してしまう。 こんなに優しくて僕を支えてくれるもったいないほどの女性と本当に結婚できて良かった。 「なーに、泣くほどの事じゃないよ。 ほら、ご飯食べ終わったらお風呂入ろう。 それとも今日は一緒に入っちゃう?」 ティッシュで僕の涙を拭き取り、茶目っ気たっぷりに言う。 「か、からかわないでくれ。 一人で入れるよ。」 顔を真っ赤にして反論すると「説得力ないよ〜。」と笑われる。 妻にはいつまで経っても敵わないなと思いつつ席を立つ。 自室へ向かい、下着とパジャマとタオルを取って脱衣所へ向かう。 悩みを話した効果か幾分か気持ちが晴れやかだ。 「あ、明日は君が好きなスクランブルエッグの朝食にするから楽しみにしてて。」 「それはとても楽しみだ。 じゃあ、明日の夕飯は僕が作るよ何が食べたい?」 「んー何にしようかな…考えておくよ。 思いついたらまたリクエストするね。」 立ち直った僕の顔を見て満足そうに笑う彼女が今日も愛おしい。 「大丈夫、大丈夫。」そう心の中で呟くと心の中のモヤモヤは完全に消えてしまっていた。
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