まどろみ

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となりで眠る愛しい人。 目覚まし時計は5時58分。 朝陽はまだ昇らない。 空は濃紺から澄んだ水色へ移る。 薄雲が流れゆく。 あと1分と少しだ。 もうすぐ。 けたたましい音が鳴り響いて。 この安らかな眠りが終わってしまう。 もう少しだけ。 眠っていて欲しくて。 目覚まし時計に。 そっと手を伸ばす。 「また勝手に止めたな!」 「ごめんごめん」 30分後。 バタバタと朝の支度をしながら。 怒られて。 謝って。 毎日のことだ。 「止めないように、  わざとサイドテーブルの反対に寝てるのに、  なんで乗り越えてまで止めるかな」 「寝ぼけてたんだって」 靴を履く背中に。 「ヨウ」 「何」 「いってらっしゃい」 朝食のサンドイッチ。 ラップで包んだものを投げる。 「…ありがと」 怒っていてもそう言ってくれる。 ヨウの優しさに甘えている。 病院勤めのヨウの朝は早い。 疲れて帰ってきて、夜寝るのも早い。 対して自分は在宅勤務。 ヨウに合わせて起きる必要はないし。 徹夜も自由だ。 それでもヨウを朝送り出し。 夜は一緒にベッドに入る。 できるだけ一緒の時間を過ごすようにしてる。 「おやすみ」 「おやすみ」 ヨウは目覚まし時計をベッドの下に置いた。 「ここなら流石に止めないでしょ」 「たぶん」 笑った。 止めるよ。 ヨウのことが好きだから。 ヨウが幸せそうに眠るのが好きだから。 夜明け前。 ヨウより1時間以上早く目が覚める。 というかまともには眠っていない。 横になって。 うつらうつら。 浅い眠りと覚醒を繰り返すうちに。 窓の外が明るくなる。 「ナオちゃん…」 ヨウが寝ぼけて言うので。 「うん」 笑って応える。 ヨウは笑って腕を伸ばしてくる。 「ナオちゃん」 寝言は毎晩これだ。 「ホントに好きだよね」 夢にまで見るのだから。 窓の外はもうだいぶ明るい。 壁の時計を振り返ると。 あと数分で6時だ。 「ごめんね、ヨウ」 名残惜しいが。 そっと腕をほどいて。 ベッドから降りる。 反対側へ回って。 目覚まし時計を止めた。 「行ってきますっ!」 睨みながら言われ。 「いってらっしゃい」 笑って応える。 今日も遅刻ギリギリのヨウを送り出し。 ため息を吐く。 ヨウの明け方の寝言は。 ずっと変わらない。 ナオちゃんと言うのは。 ヨウの元恋人らしい。 らしいと言うのは。 ヨウのSNSを遡って知っただけで。 実際に会ったことはないから。 共通の友人をたどったりして。 ナオちゃんのアカウントも見つけた。 おそらくナオちゃんは。 ヨウと別れてすぐ。 酒に酔って事故で死んだ。 葬儀の頃の友人たちの。 事実をぼかした投稿を何件か読む限り。 そういう推測になる。 ヨウは、起きている時は。 ナオちゃんの話は一切しない。 家でも。 外でも。 SNSでもしない。 命日に墓にも行かないし。 友人たちと集まって偲んだりもしない。 まるで存在しなかったかのよう。 でも。 いや。 だから。 毎晩のように。 夢の中で呼び続ける。 呼びながら。 別人を抱きしめる。 抱きながら涙を流す時もある。 幸福な寝顔に。 嫉妬して。 でも起こせない。 ヨウの幻想を。 壊せない。 少しでも。 長引かせようと。 この微睡みが。 永遠に終わらなければいいと。 朝陽が昇るのを疎みながら。 死んだやつには一生敵わないのだろうか。 いや。 ヨウの前から去った時点で負けじゃないか。 「ナオちゃん…」 他人の名前で呼ばれ。 「ヨウ」 結局、他人のフリをして応えながら。 もう少しだけ。 愛しい人の。 愛しい人との幸せを願う。 虚構の幸せでも。 終
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