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『結婚に反対される。私が施設育ちだから』と咄嗟に沙織は思った。
時代と共に出身や育った環境による偏見は緩くなっているものの、やはり眉を顰めて見る者は一定数存在する。沙織にとって信子は、その一定数の人だと理解した。
そんな沙織の不安をかき消すように陽太が「まぁ座ってよ」と明るい声を出す。真二郎も「今お茶を淹れるからね。あ、若い人は紅茶とかコーヒーの方が良いかな」と沙織を気遣ってくれる。信子は無言のままだった。真二郎が淹れてくれた緑茶の香りがリビングを包み込む。癒し半分、気まずさ半分で陽太が本題に入った。
「父さん、母さん。前も話したと思うけど、そろそろ結婚を考えているんだ」陽太も緊張しているのか声が震えていた。
「あぁ、私は構わないよ。陽太が選んだお嬢さんだ。大切にして差し上げなさい」先に口を開いたのは真二郎だった。そのまま「ねぇ、母さん」と続けて信子を見た。信子の気難しい顔に反して出てきたのは意外な言葉だった。
「私も賛成だよ。陽太が決めたことだ。反対はしない」
信子がお茶を啜った。反対されると思っていた沙織にとって、信子の賛成意見は意外なものだった。しかし次の言葉で沙織の心は真っ暗闇へと放り出されることになった。
「ただし、この家で一緒に暮らすこと。それが条件」
信子の淡々とした物言いに陽太と真二郎の顔が固まった。真二郎が咄嗟にフォローを入れる。「何も若いうちから同居なんて……」と言うが信子は黙って首を横に振った。
「それができないなら結婚は認めないよ」と付け足した。冷たい言い方には意志の強さが感じられた。陽太が何かフォローしてくれるかと沙織は期待した。ちらりと陽太を見る。陽太が意を決したように顔を上げた。
「分かったよ、母さん。同居するよ」と言った。違う、そうじゃない。沙織は思ったが、陽太が言ってしまった言葉は取り消せない。信子の口元がにやりと歪んだ。
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