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沙織の前に突如として現れた三毛猫は呑気に顔を洗っている。仕草だけは可愛いのだが信子にそっくりだと思うと、正直言ってそこまで可愛いと思えない。むしろ出て行ってくれないかなと、三毛猫に念を送ってみる。しかし猫はどこ吹く風といった感じで沙織に視線を送った。
『ちょっと、何ジロジロ見てるんだい』
……え、喋った。しかもお義母さんの声だ。
『あんた、さっき私のことお義母さんと呼んだだろう』
……悪い夢を見ているのか。パートから帰ってきてそのまま寝てしまったのか。
『聞こえてるんだろ。返事くらいしたらどうなんだい。まったく相変わらず愛想のない嫁だねぇ』
……やばい。やばい。やばい。夢なら早く覚めてほしい。顔中に冷汗が流れる。
『……夢なら早く覚めてくれとか思ってんのかい?それなら大間違いだよ。これは夢じゃないの、現実だよ。げ・ん・じ・つ』
確かに信子そっくりではあるが、まさかその三毛猫がお義母さんの声で話すなんて、そんなの現実にあるはずがない。沙織は三毛猫にそっと手を伸ばす。すると三毛猫が威嚇を始めた。
『勝手に触るんじゃないよ!』シャーと牙を剝き出しにして怒り狂う。触られるのがそんなに嫌だったのか。沙織は素早く手を引っ込める。
「……こんなことって本当にあるの? 本当に、お義母さんなんですか?」沙織はやはり信じられないといった感じで信子に問い掛ける。
『だからさっきから言ってるだろ。現にこうして喋っているじゃないか』
「……でも、どうして三毛猫なんです?」ふと湧いた疑問を口にする。
『野暮なこと聞くんじゃないよ。気が利かないんだから! 本当に』
「あ、ごめんなさい」沙織は三毛猫に向かって頭を下げた。三毛猫相手に何をしているのか。
『言っておくけどね、陽太や亜里沙に話したって無駄だよ。私の声はあんたにしか聞こえないみたいだからね』
三毛猫になって現れた信子は、尻尾をピンと立てた状態でゆっくりとリビングを徘徊しだした。ぐるりと一周回って気が済んだのか、和室に戻って来るやいなや仏壇の前で眠り出した。ものの数分で「ぐおぉ」という地響きのようないびきまで聞こえてきた。
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