姉の権威、弟の悩み

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姉の権威、弟の悩み

「大学生の弟が家にやって来た。十中八九金を借りに来たのだろう。いい加減にしろこのダメ人間が! と私は言いたかったが、ひとまずその言葉を飲み込み話を聞く事にした」 「いや、ねえちゃん。飲み込めてないよ」 「え、何?」 「なんか急に小説みたいに喋ってたけど、実際口から出てたから今の言葉」 「ああごめんごめん。近頃よくあるんだよね」 「一刻も早く治した方が良いと思うよ。やってけないよこの先」 「ハハ、お前のようなダメ人間に言われるとは笑止」 「いや、だから出ちゃってるから」 「ううん。今のは普通に言ったから大丈夫。安心しなさい」 「優しく言わないでくれる。怖いから」 「分かった分かった。それで、いくらあったら足りるの?」 「いやいや、違うんだよ。今日は金を借りに来たんじゃないんだ」 「へえ、あんたにしちゃ珍しい。お金を返しに来たんだね」 「いや、ごめん。それも違う。返済は来月のバイト代まで待って下さい」 「冗談だよ。それで何の用? 私明日も仕事だから早めに帰ってよ」 「いや実はさ、最近彼女が出来たんだけどさ。俺初めて出来た彼女だから、色々分からなくて」 「うへええ、マジかあんた」  この冴えない男に彼女が出来るとは、運が良かったんだな…… 「ねえちゃん。なんか今思っただろ?」 「え、また口から出ちゃってた?」 「口からは出てないけど、顔に出てた」 「この冴えないブタ野郎に彼女が出来るとは、神が奇跡を起こしてくれたんだなって思ったの」 「何だろうな、なんか分かんないけど表現が強化されてる気がするんだよな」 「ごめん。『冴えない』は足した」 「いや、そこじゃないな絶対」 「まあまあ、気にするな『幻想の(みやこ)』よ」  「いや、俺のSNSのアカウント名で呼ぶなよ急に」 「そんなアカウント名付けちゃうから彼女にフラれるんだよ」 「いや、フラれてないから。もうそろそろいい? 内容話しても」 「うん。いいよ、話して」 「あのね。この前彼女の家で一緒に晩飯食べてる時に、テーブルに置いてた彼女のスマホが鳴ったんだけど」 「そしたら彼女が、テーブルの上の料理を全部下に落として電話を取ったのね?」 「いや違う。それあれでしょ。ラピュタに出てくる盗賊のママでしょ?」 「そうそう。よく分かったね! すごい美味しそうなレアの肉とか残ってたのに全部押しのけちゃうやつね」 「うん。まあそれは分かったけど違うから。彼女そんな事急にしないから」 「はいはいごめんごめん。で、どうしたの?」 「でね。ケンジって人からの着信だったんだけど、彼女、画面をチラッと見てすぐに切っちゃったんだ。で、いいの? って聞いたら『うん。いい』って一言。なんか……それがずっと気になっててさ」 「気になるってなんで? 彼女だって大学生なんだから、男友達の1人くらいいるでしょ? あんたに気使って出なかったんじゃない?」 「いや、俺といる時でも他の男友達の電話は出るんだよ。でもそのケンジって人の電話は絶対に出ないんだ。かかってきてるの何度か見たけどまだ一度も出てないんだよ」 「なるほどねえ。あ、分かった。きっとそのケンジって人はいつも鼻が詰まってて口で息してるから、電話だとその呼吸音がすごくよく聞こえて気持ち悪いんじゃない? だから電話に出たくないんだよ。絶対そうだよ」 「絶対違うだろ。すげえ低いだろその確率は。せめてなんだ、普通にその人が苦手だとか、逆にすごく仲良くて話しだすと長くなっちゃうから気使ってるとか、せめてそっち系だろ」 「男とすごく仲がいいだと? おい幻想の都よ、5つ年上の姉がお前に教えてやろう。男女に友情などない。もし仲が良いのだとしたら、そのケンジという奴は彼女のことをワンチャン狙ってると捉えて間違いない」  「ええ……マジで? まいったなあ、本当にそうだったら彼女はどういうつもりなんだろう……」 「ううん、そうね。あのさあ。ぶっちゃけその……あんたの彼女は可愛いの?」 「うん。少なくとも俺にとってはめっちゃ可愛い」 「いや、そんな事聞いてない。気持ち悪いし聞いてない。大体初めて彼女出来たあんたみたいなのは人に平気でそういうこと言うんだよ。それは本人にだけ言ってやればいいの。そうじゃなくて、一般的に見て可愛い方なのかってこと」 「ええ……それは分からないけど、どうかな。そう言われると付き合う前は特に気に留めた事もなかったから、まあ普通なのかもな……」 「まああんたに、一般的に見て可愛い彼女が出来るわけないことは分かっていたけどね。まあ安心しなよ。あんたみたいなのと付き合ってくれる子が浮気なんてしないよ。いい子だよその子」 「そっか……そうだよな」 「若者よ。勇気を持つのだ」 「は?」 「いや、気になるんだったら直接本人に聞きなって。なんでその人の電話だけいつも出ないの? ってさ。多分けろっと解決するから。それにあんたに男らしさが皆無である事は、彼女はとっくに気付いてるから。逆に堂々と聞けばいいよ」 「いやあ聞きずらいけどなあ。まあでもずっとモヤモヤしててもしょうがないしなあ……」 「あ、てかさ。写真見せてよ! そしたら早いじゃん。私写真見たらすぐ分かるから」 「へえ、そんなもんなんだ。いいよ。ちょっと待って……はい。この前彼女の部屋で撮ったやつ」 「ふんふん。ああはいはい。なるほどね。そうね。100%大丈夫。安心しなさい」 「いや、性格わる」 「いや知ってるし」
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