光学的擬態生物(ミミック)

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『そう。証拠だらけなんですよ。こういう稚拙な犯行は、感情的になったあげく後先考えずに殺害してしまった、みたいな場合に多いんですが……柏木はあらかじめ凶器を用意して、ガイシャを待ち伏せしていた。なのに、なぜか顔は隠さず、特徴のある私物を身につけたまま、防犯カメラのある場所で犯行に及んでいる』  縹の知る柏木は、それほど愚かではない。というよりも、柏木が殺人を犯したということがそもそも信じられなかった。  海洋魚飼育が大好きで、生き物博士だった柏木。その道をまっすぐに進み、今は大学の研究員になっていた。象牙の塔の住人らしく、少し浮世離れしたところがあって、怨恨にしろ愛情にしろ、他人にそんな深い執着を抱くこと自体が、縹には想像できなかった。 「柏木の身柄は?」 『勤務先で確保の予定です』 「まだフダ(逮捕状)は出てないんだな」 『岡島班が実家と職場を張ることになってますが――あ、ちょっと待ってください』  通話が切られた。しばらく待つと、大木のほうからかかってきた。 『新しい情報が来ました。深沢の火事は、柏木の実家です。二名の死体はおそらく柏木の両親と思われます。そして柏木は――先ほど、職場で身柄を確保されたようです。が、昨晩は研究室に泊まりだったいうんです。同僚も証言しています』 「アリバイがある、か」  縹が内心ほっと胸をなでおろした。そして、当然だ、と考えなおす。そもそも柏木にこんな容疑がかかっていることが、なにかの間違いなのだ。  しかし、人間の倫理観に絶対はない。  縹の心が揺れる。  人間というのは底知れない――それは縹がこの職業について以来、幾度となく痛感していることでもあった。
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