光学的擬態生物(ミミック)

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「へえ、それじゃ、お前は今、イカやタコの擬態の研究をしてるのか」  そこで柏木は声をおとし、縹だけに聞こえるように言った。 「イカやタコだけじゃない。人間だって擬態するんだよ。化粧とか、まさに光学的擬態だろ。顔に色をつけて、光を受けているように見せたり、陰影をつけて立体感を出す。それで顔の造作がかわって美人にみえたり、小顔に見えたり、左右の顔の不均衡を隠せたりするわけだから」 「なんだよ、お前化粧に詳しくなったのか?」  縹はひやかし半分で笑ったが、柏木は急に酔いが覚めたかのような真剣な表情になった。 「いや、今、それについて美容専門の整形外科医に意見をきいてるところなんだ。この機能、人間に応用できたら、すごいぞ。あっというまに他人みたいな顔になれるってことだからな」 「人間が? 人工的にか」  縹は半信半疑だった。 「うん。似た人工物がすでに開発されてるんだ。サーモクロミック液晶って言って、熱で反射率を制御できる特殊な液晶だ。こいつをプロテインやキチン質を原料として再現することができれば、おそらく人間も擬態の能力を手に入れることができる」 「カメレオン人間の誕生か」 「お前、小原幹生(おばらみきお)、覚えてるか? 今日は来てないみたいだけどさ」 「小原……?」  縹の脳裏に、顔色の悪い男子生徒の姿が思い浮かんだ。たしか中学で一緒だった。その後はほとんど接点もなく、ずっと忘れていた存在だった。  縹はさりげなく宴会場を見回してみたが、今日の同窓会には来ていないようだった。 「あの万引き事件、俺はあれが忘れられないんだ」  柏木の言葉は、消えかけていた縹の記憶を呼び戻した。
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