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しかしここに来て、畠中はとある問題にぶち当たった。
「(そういや、次のバスは何時だ……?そもそも今日中にバスがあるのか?)」
最寄り駅そのものがかなりの田舎にあるというのに、そんな田舎から更に田舎へと進んでいく路線バス。東京の大都会なんかと比べたら、本数なんて一時間に一本あれば多い方。下手したら一日に三本なんて可能性も十分あり得る。畠中は最後にバスを降りた時にチラッと見た時刻表を必死に思い出そうとするも、記憶が曖昧すぎる。ぼんやりと出てくるのは、時刻表が随分と白かったことくらい。こんなことになるならメモを取っておけばよかったと大変後悔した。
小さい農村の事もあって、畠中はすぐに例の獣道の入り口までやってくる。だが、彼がこの村にたどり着いた時にはすでに太陽は西へと傾いていた。改めて獣道を見やれば、かなり薄暗く気味が悪い。
「(よくもまあ、こんな道を必死に歩いてきたな……)」
いくら巨体とは言え、中身はちょっと頭のいい普通の人間。表には出ていないけど、畠中はビビっていた。
このまま暗闇に怯えながら不気味な獣道を進んでいっても、バス停に着く頃には空も黒くなり、月が見え始めているかもしれない。そしてド田舎のバスがそんな時間にまで走っているとは到底思えない。畠中の曖昧すぎる記憶でも、そんな時間にまでバスは無かったと断言できる。できてしまうのだ。何と悲しいことか。
見た感じ村には宿舎らしいところはなかったし、仮にあったとしても謎の伝達力のせいで歓迎は絶対にされないだろう。下手すれば叩き出される。これ以上嫌な思いをするなら野宿した方がいいと思い至った畠中。
「(……いや、野宿をするにも、キャンプすることになるなんて想定もしていなかったから道具なんて一切ないぞ)」
比較的暖かい時期とは言え、この辺りの地域は夜になればそこそこ冷えてくる。毛布も何も無しでその辺の森で一晩過ごせば、体調崩すのは目に見えていた。凍死する可能性だって十分あり得る。それに、熊ないし他の野生動物にやられる可能性だって考えられる。
さあどうしたものか。これ以上ぐるぐる考えていても日はどんどん傾いていくだけ。早足で獣道を駆け抜けてヒッチハイクでもするか、いやそもそも一般車すらもそんなに通ってなかったぞと学者らしくなく混乱し始めていた時だった。
「おーい、そこの大きい人ー!」
背後から若い声が響く。
他の誰かを呼んでいるのかと辺りを見渡す畠中だが、どう考えても自分しかいない。
仮に違ったら真っ直ぐ目の前の獣道を進もうと決めた畠中は、どこか期待しながら後ろを振り返った。
少し離れた所に、うら若い女性が手を振りながら真っ直ぐと畠中の方へと駆けている。
思わず自分の事か?と自身を指させば、駆け足で寄ってきた女性は呼吸を整えながらも首を縦に振った。
「……何か、御用でしょうか」
「よかった、間に合った」
ゼェゼェと息を整えながらも笑みを浮かべる女性。この短時間で一気に村の対応が冷たいものになっていたためか、畠中はその笑顔が大変温かく感じた。鉄仮面の巨人でも中身は普通の人間、何だかんだで鋭い視線に内心傷ついていたのだ。
「さっきはおじいちゃんがごめんね」
「おじいちゃん、と言いますと」
「ああ、えっとねあたし。ヒラサカ村の長の孫なの」
「ああ、四方さんのお孫さんでしたか」
ヒラサカ村の民にしては珍しく軽装で肌の露出が多めの格好をしている若き女性。ヒラサカ村の長の孫というだけあって、四方家の老夫婦にどことなく雰囲気が似ていた。
「本当にごめんね。ヒラサカ村の皆って昔から外からの人間が嫌いで。これでも最近友好的になってきたんだよ?」
「……その様ですね。私も最初ここに来た時は割と友好的でしたし」
「あーやっぱそうよね。急に怒られてビックリしちゃったでしょ。本当にごめんね」
「まあ……私の自業自得な所もありますので。お孫さんもそんなに気に病まないでください」
深々と頭を下げる女性に、頭を上げるように慌てて伝える畠中。そして彼の言葉を素直に受け取って頭を上げる女性。
「それより、お孫さんは何故わざわざ私の所に?謝るためだけにですか?」
「ああ、うん。それもあるんだけど」
「それでしたらもう大丈夫ですよ」
「そうなんだけど、そうじゃなくて。今からその暗い道を歩いていくの?」
女性が畠中の背後を指さす。大人しく指さす先へと振り向く畠中だが、あるのはうす暗い獣道。
再び女性へと視線を戻してから、畠中は無言で首を縦に振った。
「それじゃ危ないよ!」
「ですが、今夜一泊できそうな所は無さそうですし、あったとしても私は歓迎されないでしょう」
「大丈夫!あたしの家に泊まればいいから!」
「……はい?」
思わず我が耳を疑う畠中。
「あなたの家って……四方家にですか?」
「うん!」
年相応とは思えない、幼めで元気のいい返事目眩を覚えた畠中は思わず自身の額を押さえる。
「あの……私、あなたの祖父に理由はよくわからないが何かしらの粗相をした身ですよ?泊めてもらうなんて無理ですよ」
「大丈夫!おじいちゃんとは違う家に住んでいるから!」
「それもそれで問題かと思いますが」
「それに村全体におじさんの話が渡ったすぐ後にあたしおじいちゃんをガツンと説教したし!流石のおじいちゃんも反省したのかお泊りの許可出たから大丈夫!だからほら、1日だけでもいいからさ!不快な思いをさせてしまったお詫びも兼ねてるから泊っていってよ!」
「ええ……」
勢いよく迫ってくる孫娘に若干引く畠中だが、内心感謝しきれない気持ちで溢れかえっていた。やはり知らない土地の薄暗い獣道を歩くのは怖い。
「よし!それじゃああたしんちに行こうか!」
「うわっ、急に引っ張らないでください」
笑顔で畠中の手を取った孫娘は、その細くて小柄な体には似合わない力強さで畠中を引っ張る。予想外の力に反応が遅れた畠中は一瞬バランスを崩し倒れかけるもどうにかして持ち直した。それにしても一体どこからそんな力が出ているのだろうか、四方家の遺伝なのだろうか。畠中はそんなことを考えながら引かれるがままに進んでいた。
「あ!自己紹介まだだったね。あたしは|四方硝子。ガラスと書いてショウコって読むんだ。おじさんは?」
「……畠中千尋です」
「おじさん、ちひろって言うんだ!ちーちゃんって呼んでいい?」
「やめてください」
「えー可愛いじゃん」
「昔それでよくからかわれたのでダメです」
「ぶー、ケチー」
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